2025年ノーベル化学賞、北川進氏ら3氏に — 金属有機構造体(MOF)が拓く脱炭素と水資源の未来

京都大学・北川進特別教授、リチャード・ロブソン氏、オマー・ヤギー氏にMOFの開発功績で授与。日本人として9人目のノーベル化学賞受賞(2019年吉野彰氏以来)。

公開日
2025-10-08
執筆者
編集部
タグ
2025, 化学賞, 日本人受賞者, 材料科学, MOF

速報

スウェーデン王立科学アカデミーは2025年10月8日、2025年のノーベル化学賞を、京都大学高等研究院特別教授の北川進氏(74)、オーストラリア・メルボルン大学のリチャード・ロブソン氏(88)、米カリフォルニア大学バークレー校のオマー・M・ヤギー氏(60)の3氏に授与すると発表しました。授賞理由は「金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks, 以下MOF)の開発」です。

わずか2日前の10月6日には、大阪大学の坂口志文氏が生理学・医学賞を受賞したばかり。日本からは1年で2名のノーベル賞受賞者という、近年でも特筆すべき快挙となりました。化学賞の日本人受賞は2019年の吉野彰氏(リチウムイオン電池)以来、通算9人目です。

MOFとは — 分子でできた「スポンジ」

MOFは、金属イオンを「継手」とし、有機分子(リンカー)を「梁」として組み上げる、分子スケールの三次元ジャングルジムのような結晶材料です。内部には規則的なナノメートルサイズの空洞が並び、1グラム当たりの内部表面積はしばしば数千平方メートル——サッカーコート1面分に匹敵すると言われます。

この巨大な内部空間に、狙った気体分子を吸着・貯蔵・分離できるのがMOFの魅力です。無数の微細な穴を持つがゆえに、化学者たちの間では「分子のスポンジ」とも呼ばれてきました。1990年代後半、北川氏のグループとヤギー氏のグループは、それぞれ独立に、多孔性と設計可能性を両立させた合成法を確立。ロブソン氏はそれに先立つ1989年、金属と有機分子を規則正しく連結した初期の骨格構造を報告し、MOFの系譜を開いた人物として知られます。

北川氏の独自貢献 — 「動的な多孔性」

北川氏が示した独創的な視点が「動的な多孔性(dynamic porosity)」です。従来の多孔性材料、たとえばゼオライトなどは、穴のかたちが固定されていて融通が利きません。これに対して北川氏らの設計したMOFは、圧力・温度・取り込む分子の種類に応じて骨格そのものが柔軟に変形し、特定の分子だけを選択的に取り込んだり放出したりすることができます。

この「柔らかい結晶」という概念は、従来の材料科学の常識を超えるものでした。2010年代にかけて、CO₂・水蒸気・メタンなどを高選択的に扱えるMOFが続々と設計され、産業応用への道が開かれていきました。

社会を変える応用

MOFの応用範囲は、日々の生活を支えるインフラから地球規模の課題解決にまで広がっています。授賞発表資料や学会で繰り返し示された代表例は次の通りです。

- 大気中のCO2回収・貯留(脱炭素・気候変動対策)
- 乾燥地の空気からの真水採取(水資源不足への解)
- 水素や天然ガスの高密度貯蔵(次世代エネルギー)
- 医薬品の徐放キャリア・産業ガスの高純度分離(ヘルスケア/化学工業)

「砂漠の空気から飲用水を取り出す」「煙突のCO₂をつかまえる」といった、SF的に聞こえる応用が現実のプロトタイプとして動き始めています。

量産への移行

MOFは長らく、研究室でグラム単位にとどまる「夢の材料」と見られてきました。しかし2020年代に入り、各国のスタートアップや大企業がトン単位の生産技術を確立し始めています。北川氏自身、JST科学技術振興機構の取材に対して次のようにコメントしています。

新しいことをするチャレンジは科学者の醍醐味で、辛いこともいっぱいありましたが、新しい物を作っていくことで30年以上、楽しんできました。

35年以上にわたる継続的な探究が、ようやく社会実装の段階に到達しつつある——そうした研究者像が、今回の受賞には凝縮されています。

日本人として9人目のノーベル化学賞

日本人のノーベル化学賞受賞者は、1981年の福井謙一氏以降、2000年の白川英樹氏、2001年の野依良治氏、2002年の田中耕一氏、2008年の下村脩氏、2010年の根岸英一氏・鈴木章氏、2019年の吉野彰氏と続いてきました。今回の北川氏で9人目、日本人ノーベル賞受賞者としては通算30人目となります。2025年は坂口志文氏(医学賞)との日本人ダブル受賞という歴史的な年になりました。

結び

「分子で建築物をつくる」という発想は、発表当初は奇異にも映りました。しかしMOFは今や、気候変動・水不足・エネルギー転換という21世紀最大級の課題に対して、具体的な道具を提供し始めています。地道な基礎化学が、産業と社会の現場に着陸する——そんな象徴的な受賞として、2025年のノーベル化学賞は長く記憶されることでしょう。

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