ノーベル賞とは
ノーベル賞は、スウェーデンの発明家・化学者であるアルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて1901年に創設された、世界で最も権威ある国際的な賞です。毎年、人類に最大の貢献をした人物や組織に対して、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、経済学の6つの分野で授与されます。
ノーベル賞の歴史
アルフレッド・ノーベルの生涯
アルフレッド・ノーベル(1833年10月21日 - 1896年12月10日)は、スウェーデンのストックホルムに生まれた化学者・発明家・実業家です。ダイナマイトをはじめとする爆薬の発明により巨万の富を築き、「ダイナマイト王」として知られるようになりました。
ノーベルは生涯を通じて355件の特許を取得し、90以上の武器・弾薬工場を所有するなど、実業家として大きな成功を収めました。一方で文学や哲学にも深い関心を持ち、詩や小説の執筆も行っていました。5か国語を操る教養人としても知られています。
遺言とノーベル賞の創設
1895年11月27日、パリのスウェーデン・ノルウェー・クラブにおいて、ノーベルは歴史的な遺言書に署名しました。この遺言書において、ノーベルは全財産の94%にあたる3,100万スウェーデン・クローナ(現在の価値で約20億スウェーデン・クローナ、約2億6,500万米ドル相当)を基金として設立し、「人類に最大の貢献をした人々」に毎年賞を授与することを指示しました。
ノーベルの遺言は周囲を驚かせました。生前、この計画を誰にも相談していなかったためです。遺言の執行者であるラグナル・ソールマンとルドルフ・リリエクイストは、ノーベルの意思を実現するために尽力し、1900年にノーベル財団を設立しました。
第1回ノーベル賞
最初のノーベル賞授賞式は、ノーベルの死後5周年にあたる1901年12月10日に行われました。物理学賞はヴィルヘルム・レントゲン(X線の発見)、化学賞はヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフ(化学熱力学の法則の発見)、生理学・医学賞はエミール・フォン・ベーリング(ジフテリア抗毒素血清療法の開発)、文学賞はシュリ・プリュドム(フランスの詩人)、平和賞はアンリ・デュナン(赤十字の創設者)とフレデリック・パシーに授与されました。
6つの賞の分野
物理学賞
物理学の分野において最も重要な発見または発明を行った人物に授与されます。スウェーデン王立科学アカデミーが選考を担当します。1901年にヴィルヘルム・レントゲンのX線発見に対して初めて授与されて以来、相対性理論、量子力学、素粒子物理学、宇宙物理学など、物理学の幅広い分野の画期的な業績が受賞しています。
化学賞
化学の分野において最も重要な発見または改良を行った人物に授与されます。物理学賞と同じくスウェーデン王立科学アカデミーが選考します。生化学、有機化学、無機化学、物理化学など多岐にわたる分野が対象となっており、近年ではリチウムイオン電池の開発やゲノム編集技術なども受賞しています。
生理学・医学賞
生理学または医学の分野において最も重要な発見を行った人物に授与されます。カロリンスカ研究所のノーベル委員会が選考を担当します。感染症、遺伝学、免疫学、神経科学など、生命科学の基礎研究から臨床応用まで、幅広い分野の業績が評価されています。
文学賞
文学の分野において最も優れた理想主義的傾向の作品を著した人物に授与されます。スウェーデン・アカデミーが選考します。小説、詩、戯曲、エッセイなど、あらゆる文学ジャンルの作家が受賞対象となります。日本人では川端康成(1968年)と大江健三郎(1994年)が受賞しています。
平和賞
国家間の友好、軍備の廃止・縮小、平和会議の開催・促進に最も貢献した人物または組織に授与されます。ノルウェー・ノーベル委員会が選考を担当します。ノーベルの遺言により、平和賞のみがノルウェーで授与されます。個人だけでなく、赤十字国際委員会や国連機関などの組織も受賞しています。
経済学賞
正式名称は「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」です。ノーベルの遺言には含まれておらず、1968年にスウェーデン国立銀行の創立300周年を記念して設立され、1969年から授与が開始されました。スウェーデン王立科学アカデミーが選考します。ゲーム理論、行動経済学、開発経済学など、経済学の多様な分野が受賞対象です。
選考プロセス
ノーベル賞の選考は厳格かつ秘密裏に行われ、約1年をかけて慎重に進められます。
1. 推薦(9月 - 翌年1月)
毎年9月頃、各賞の選考機関は世界中の約3,000人の有識者に対して推薦依頼状を送付します。推薦権を持つのは、過去のノーベル賞受賞者、各分野の大学教授、各国の学術機関の会員、ノーベル委員会の委員などです。推薦書の提出締め切りは翌年の1月31日です。自薦は認められていません。
2. 予備審査(2月 - 5月)
各ノーベル委員会は提出された推薦書を精査し、候補者のリストを作成します。独立した専門家の協力を得て、各候補者の業績について詳細な調査報告書が作成されます。通常、約250~350件の推薦から15~20名程度の候補者に絞り込まれます。
3. 最終審査と決定(6月 - 10月)
ノーベル委員会は調査報告書をもとに議論を重ね、最終候補者を選考機関に推薦します。物理学賞と化学賞はスウェーデン王立科学アカデミー、生理学・医学賞はカロリンスカ研究所のノーベル会議、文学賞はスウェーデン・アカデミー、平和賞はノルウェー・ノーベル委員会、経済学賞はスウェーデン王立科学アカデミーが最終決定を行います。決定は多数決で行われ、覆すことはできません。
4. 発表(10月)
受賞者は毎年10月に順次発表されます。発表の順番は通常、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞、文学賞、平和賞、経済学賞の順です。候補者名は50年間秘密にされ、推薦記録は50年後まで公開されません。
授賞式
ストックホルムの授賞式
物理学、化学、生理学・医学、文学、経済学の5部門の授賞式は、毎年12月10日(ノーベルの命日)にスウェーデン・ストックホルムのコンサートホールで行われます。スウェーデン国王が臨席し、各受賞者にメダル、賞状、賞金目録を手渡します。
授賞式の後には、ストックホルム市庁舎の「青の間」でノーベル晩餐会が開催されます。約1,300名の招待客が出席し、スウェーデン王室を含む名士たちが一堂に会します。晩餐会に続いて「黄金の間」で舞踏会が開かれ、授賞式の一日を華やかに締めくくります。
オスロの平和賞授賞式
平和賞のみ、同日にノルウェーのオスロ市庁舎で授賞式が行われます。これはノーベルの遺言に基づくもので、当時ノルウェーとスウェーデンは同一王室のもとで連合を組んでいたことに関係しています。ノルウェー国王が臨席し、ノルウェー・ノーベル委員会の委員長が受賞者にメダルと賞状を授与します。
ノーベル・ウィーク
授賞式に先立つ一週間は「ノーベル・ウィーク」と呼ばれ、受賞者による記念講演(ノーベル・レクチャー)やセミナー、一般公開のイベントなどが開催されます。受賞者はこの期間中にストックホルムやオスロに滞在し、さまざまな公式行事に参加します。
メダルと賞状
ノーベル賞メダル
ノーベル賞メダルは1902年から受賞者に授与されています(第1回の1901年にはメダルが間に合わなかったため、翌年からの授与となりました)。メダルの表面にはアルフレッド・ノーベルの肖像(横顔)と生没年が刻まれています。
1980年以前のメダルは23カラットの金で鋳造されていましたが、現在は18カラットの金を基材として24カラットの金でメッキされています。重量は約185グラム、直径は約66ミリメートルです。
各賞のメダルの裏面は異なるデザインが施されています。物理学賞と化学賞は共通のデザインで、自然の女神のベールを持ち上げる科学の天才を描いています。生理学・医学賞は病気の少女に水を飲ませる医学の天才を描いています。
賞状
ノーベル賞の賞状はそれぞれが一点ものの芸術作品です。スウェーデンおよびノルウェーの著名なアーティストやカリグラファーによって個別にデザインされ、受賞者の業績にふさわしい意匠が施されます。
賞金
2025年のノーベル賞の賞金額は各賞1,100万スウェーデン・クローナ(約1億5,900万円、約120万米ドル)です。同一分野で複数の受賞者がいる場合、賞金は分割されます。賞金の原資はノーベル財団が運用する基金の投資収益から賄われています。
注目の事実と数字
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最年少受賞者: マララ・ユスフザイ(2014年平和賞、当時17歳)。自然科学分野ではローレンス・ブラッグ(1915年物理学賞、当時25歳)が最年少です。
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最年長受賞者: ジョン・グッドイナフ(2019年化学賞、当時97歳)。リチウムイオン電池の開発への貢献が評価されました。
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複数回受賞者: マリー・キュリーは物理学賞(1903年)と化学賞(1911年)を受賞し、異なる分野で2度のノーベル賞を受賞した唯一の人物です。他に2度受賞した個人にはライナス・ポーリング(化学賞と平和賞)、ジョン・バーディーン(物理学賞2回)、フレデリック・サンガー(化学賞2回)がいます。
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受賞を辞退した人物: ジャン=ポール・サルトル(1964年文学賞)は「いかなる人間も、生きながらにして神格化されるに値しない」として辞退しました。レ・ドゥク・ト(1973年平和賞)はベトナムに平和が訪れていないことを理由に辞退しました。
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女性受賞者: 1901年から2025年までに約65名の女性がノーベル賞を受賞しています。マリー・キュリー(1903年物理学賞)が最初の女性受賞者であり、同時に初の2度受賞者でもあります。
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日本人受賞者: 2024年までに日本国籍の受賞者は合計29名です。最初の受賞者は湯川秀樹(1949年物理学賞、中間子の存在の予想)です。
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受賞が見送られた年: 第一次世界大戦や第二次世界大戦中を含め、過去に複数回、一部の賞の授与が見送られています。ノーベル財団の規約では、ふさわしい候補者がいない場合は授与しないことが認められています。