2016年ノーベル経済学賞
受賞理由
契約理論に関する功績
受賞者
イギリス,
アメリカ合衆国
フィンランド
解説
私たちはお店で買い物をするときや、仕事をするときに「約束」を交わします。この約束を紙に書いたものが「契約」で、守らないと困ったことが起こります。ハートさんとホルムストロームさんは、どうすれば上手に契約を書けるかを数学を使って調べました。たとえば、宿題をちゃんとやったらご褒美をあげるというルールも小さな契約の例です。彼らの研究のおかげで、働く人へのお給料の決め方や保険の仕組みがよりわかりやすくなりました。
関連キーワード
契約理論
契約理論は、経済主体間の取引を数式で表す学問で、プリンシパル=エージェント問題を中心に発展してきました。契約当事者が持つ情報の非対称性や行動選択の自由度を考慮し、最適な報酬や権限配分を導くことが目的です。モデル化には期待効用理論、確率論、ゲーム理論が活用されます。理論的成果は、CEO報酬、保険設計、公共調達など幅広い応用につながっています。ハートとホルムストロームの研究はこの分野を体系化し、現代ミクロ経済学の柱となりました。
モラルハザード
モラルハザードとは、契約締結後に一方の行動が観察できず、努力不足や不正が起こるリスクを指します。たとえば全額補償される保険に入ると、加入者は注意を怠る傾向が強まります。ホルムストロームの情報性原理は、成果指標をうまく選ぶことでモラルハザードを抑制できることを示しました。現実のビジネスや金融では、監査、自己負担、ボーナス制度などでこの問題に対処します。モラルハザードを定量的に評価できるようになったことで、政策設計の精度も向上しました。
逆選択
逆選択は、契約前の情報の非対称性が原因で、質の低い取引相手が市場に残りやすくなる現象です。中古車市場で「レモン」が流通する例が典型で、買い手が品質を見抜けなければ良品が退出してしまいます。契約理論では、メニュー契約やスクリーニング機構によりタイプ自己選択を促し、この問題を緩和します。ハートとホルムストロームのモデルも、観察できないタイプによる非対称性を組み込み、最適契約を導出しています。金融、医療、電力市場など多様な分野で逆選択分析は不可欠になっています。
インセンティブ契約
インセンティブ契約は、報酬やペナルティを利用して当事者の行動を望ましい方向に導く仕組みです。努力を測定しにくい場合は、成果に連動した支払いが行動を近似的に代理します。ホルムストロームは、成果指標が行動の情報をどれだけ含むかによって報酬の傾斜を調整すべきだと論じました。一方で多タスク環境では、誤った指標選択が努力の偏りを招くため、あえて固定給を選ぶことも合理的になります。この考え方は、営業職の歩合給、CEOのストックオプション、教師の評価制度などに反映されています。
不完備契約
不完備契約とは、将来起こり得るすべての事態を事前に書き込めない契約を指します。その場合、誰が意思決定権を持つかが交渉力と投資インセンティブを決定します。グロスマン=ハート=ムーアモデルは、残余支配権を通じて所有権の経済的価値を定式化しました。この視点は、企業境界の決定や公共サービスの民営化、ベンチャーファイナンスの条項設計に大きな影響を与えました。現在ではAIやブロックチェーン技術により契約の完備性が変化する可能性も研究されています。
所有権理論
所有権理論は、資産の所有がex post 交渉での交渉力とex ante 投資誘因を結びつけるという考え方です。ハートらによれば、最も重要な投資を行う主体が資産を所有することでホールドアップ問題が和らぎます。ただし投資が複数主体にまたがる場合、共同所有やハイブリッド契約形態が最適になることもあります。理論は、サプライチェーンの垂直統合かアウトソーシングかの判断基準を定量化します。M&A戦略や国際合弁、公共インフラPPPの契約設計を議論する際の基礎フレームワークとなっています。