2022年ノーベル経済学賞
受賞理由
銀行と金融危機の研究に関する功績
受賞者
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国
解説
皆さんの持っているおこづかいを銀行に預けると、必要なときにすぐお金を引き出せます。けれども銀行は、預かったお金をそのまま金庫にしまっているわけではなく、人や会社に長い期間の貸し出しをしています。このすぐに引き出せるのに、長い貸し出しもできる仕組みはとても便利ですが、うわさでみんなが一度にお金を引き出そうとすると銀行が困ってしまいます。2022年のノーベル経済学賞の受賞者たちは、このしくみがなぜうまく働き、どうして危機が起こるのかを研究しました。彼らの研究のおかげで、世界の政府や中央銀行は、大恐慌のような大きな不況を防ぐ方法を学びました。わたしたちが安心して銀行を使えるのは、この研究のおかげでもあるのです。
関連キーワード
銀行取り付け
銀行取り付けは、預金者が銀行の支払い能力を疑い、短期間で大量に資金を引き出す現象である。満期変換により銀行は流動性準備を限定的にしか持たないため、少数の預金者でも動揺が連鎖すると破綻に至る。ダイヤモンド=ディビッグモデルでは、取り付けは自己実現的期待として均衡を生成する。歴史的には1930年代の米国で数千行が倒産し、大恐慌を深刻化させた。現代でも2008年のシャドーバンク取り付けや2023年の一部地域銀行破綻が例として挙げられる。取り付けを防ぐ政策手段には預金保険、流動性供給、情報開示の強化などがある。
預金保険
預金保険は、政府や公的機関が一定額まで預金を保証する制度である。預金者は銀行破綻時でも資金を失わないという安心感を得る。ダイヤモンド=ディビッグは、この制度が取り付け均衡を排除し社会厚生を高めると示した。米国では1933年にFDICが創設され、銀行危機の再発を大幅に減少させた。一方で、銀行がリスクを取りすぎるモラルハザードを助長する副作用も指摘される。現在は自己資本規制やリスク連動保険料でこの副作用を抑制する試みが行われている。
満期変換
満期変換とは、銀行が短期の預金を原資に長期の貸出を行う仲介機能である。この機能により家計は即時引き出しを確保しつつ、企業は長期投資資金を得られる。銀行の資産と負債の満期ミスマッチが流動性リスクの根源になる。金融危機時には短期資金市場が凍結し、銀行は資産を投げ売りせざるを得なくなる。バーゼルⅢの流動性カバレッジ比率やNSFRは満期変換の安全余裕を確保する狙いがある。フィンテックやDeFiは満期変換を別形態で提供し、規制の枠組みが課題となっている。
流動性
流動性は、資産を価値をほとんど失わずに迅速に現金化できる性質を指す。銀行は平時に低コストで流動性を供給するが、危機時には需要が急増し供給不足となる。流動性不足はファイアセールを誘発し、資産価格の下落と自己資本毀損を通じて危機を悪化させる。中央銀行は最後の貸し手として短期資金を供給し、市中の流動性逼迫を緩和する。2008年のタームオークションファシリティやスワップラインはその代表例である。研究者は流動性プレミアム推定や高周波データを用いて流動性ストレスを測定している。
システミックリスク
システミックリスクは、金融システム全体に波及する連鎖的崩壊の危険性を指す。個々の機関は健全に見えても、相互依存や共通ポートフォリオによりシステムは不安定になる。銀行取り付けは典型的なシステミックイベントであり、実体経済に大きな打撃を与える。マクロプルーデンシャル政策はシステミックリスクを抑えるための規制枠組みである。ベン・バーナンキはFRB議長としてCCARやDodd-Frankストレステストを導入し、リスクの可視化を進めた。現在は気候変動やサイバー攻撃もシステミックリスク要因として分析対象になっている。
大恐慌
大恐慌は1929年から始まった世界規模の深刻な経済収縮である。米国工業生産は3年間で半分近くに落ち込み、失業率は25%に達した。バーナンキは銀行信用の崩壊が大恐慌を長期化させた主要因であると実証した。銀行倒産が投資資金の仲介を阻害し、企業の資本支出が急減した。彼の研究はマクロ経済学に金融仲介チャネルの重要性を取り込む契機となった。今日の政策当局は大恐慌の教訓を踏まえ、危機時に積極的な流動性と財政支援を行う。
影の銀行システム
影の銀行システムは、伝統的銀行と同様の満期変換を行うが、当局の厳格な規制を受けない仲介機関の集まりを指す。例としてマネーマーケットファンド、SIV、レポ市場などが挙げられる。2008年のリーマンショックでは、これら機関からの資金逃避が市場の流動性崩壊を招いた。DDモデルのメカニズムは影の銀行にも適用され、預金保険がないため取り付けリスクが高い。規制当局はマネーマーケットファンド改革やレポ市場保証を通じ、間接的なセーフティネットを整備している。暗号資産レンディングプラットフォームなど新形態の影の銀行に対する規制は未整備で研究が進む。
最後の貸し手
最後の貸し手は中央銀行が金融機関に対し流動性を供給する役割を指す。バージェスやスミス以来の概念で、危機時の市場機能維持に不可欠とされる。ベン・バーナンキは2008年の金融危機でPDCFやAIG支援を通じこの役割を拡張した。LOLR政策は流動性不足を補うが、事前のリスクテイキング誘因を増やす恐れがある。ルールとしては担保付き貸付、罰則金利、支払能力のある金融機関への限定などが推奨される。国境を越えたドル需要に対応するためスワップラインが設けられ、国際的LOLRネットワークが形成されている。
モラルハザード
モラルハザードは、保護措置が存在すると当事者がより高いリスクを取る行動を指す。預金保険や中央銀行の救済は、銀行経営者に過度のリスクテイキングを促す可能性がある。1983年のDDモデルは預金保険の利点を指摘する一方、モラルハザードの弊害にも言及している。バーゼル規制は自己資本比率で銀行株主を危機損失に曝し、モラルハザードを抑えようとする。危機時の公的資本注入はゾンビ銀行を温存し、長期的な資源配分を歪める懸念がある。研究者はココ債やベイルイン制度など、市場規律と公的保証の均衡を探っている。
資本規制
資本規制は銀行が保有すべき最低自己資本を定め、損失吸収能力を確保する枠組みである。十分な資本があれば、信用損失が発生しても銀行は倒産せず経済への信用供給を継続できる。バーゼルⅠからⅢへと規制は進化し、リスクウェイト付与やストレステストが導入された。DD理論の預金保険によるモラルハザードに対し、資本規制は株主にインセンティブを戻す補完策となる。逆に過度の規制は信用供給を抑制し成長を阻害する可能性があり、最適水準が政策論点である。気候リスクや暗号資産エクスポージャーを資本要件に組み込む動きが近年進んでいる。