1979年ノーベル化学賞
受賞理由
ホウ素およびリンを含む化合物を有機合成の重要な試薬へと発展させた業績(新しい有機合成法の開発)
受賞者
アメリカ合衆国
西ドイツ
解説
私たちが日常で使う薬やプラスチックは「有機合成」という化学の調理で作られます。1979年のノーベル化学賞を受けたブラウンさんとウィッティヒさんは、その調理に欠かせない「調味料」を発明しました。ブラウンさんはホウ素を使った試薬を、ウィッティヒさんはリンを使った試薬を作り、反応を早く上手に進められるようにしました。これにより、欲しい形の分子を簡単に作れるようになり、新しい薬や素材が生まれる手助けになりました。たとえると、難しい折り紙を作るときに便利な定規や型紙を用意してくれたようなものです。彼らの工夫は世界中の化学者が毎日の実験で使う基本道具となっています。
関連キーワード
ヒドロホウ素化
アルケンやアルキンの二重結合にBH3あるいは置換ボランが付加する反応で、ブラウンが体系化した。付加はシン選択的で、炭素鎖末端側にホウ素が結合し、逆Markovnikov型の生成物を与える。酸化処理でアルコール、ハロゲン化処理でハライドなど、多彩な官能基にワンポットで変換できる点が利点。配位子やボラン骨格を調整することで、立体および位置選択性を細かく制御する触媒的手法へも発展している。今日ではカルボン酸ボロン酸エステルを経由したクロスカップリングの前段階としても重要である。
ウィッティヒ反応
アルデヒドまたはケトンとホスホニウムイリドが縮合し、オキサホスホラン中間体を経てアルケンを生成する炭素–炭素二重結合形成反応。反応は強力なP=O結合生成に駆動され、高い収率と選択性を示す。スタビライズドイリドとアンスタビライズドイリドでE/Z選択性が異なり、反応条件の変更で制御が可能。誘導体を利用したStill–Gennari、Horner–Wadsworth–Emmons変法は多様な立体のオレフィンを提供する。医薬品や天然物合成の終盤工程で使われることが多く、合成経路短縮に寄与する。
ボラン試薬
ボランとはBH3またはその誘導体で、ルイス酸性を示すが、ヒドロホウ素化や還元反応で水素供与体としても機能する。テトラヒドロフラン溶媒中のBH3·THFや9-BBN、catecholboraneなど多種あり、反応性と選択性が異なる。アルキルボランを介して多段階の官能基変換が可能で、クロスカップリング前駆体としても重宝される。空軌道を持つため、π錯体形成や不飽和結合への求電子付加が進行しやすい。安全性向上のため固体樹脂化やprotected boraneの開発も行われ、産業利用が拡大している。
ホスホニウムイリド
四級ホスホニウム塩を強塩基で脱プロトン化して得られるλ^5-phosphoraneで、負に帯電したカルボニウム中心と正に帯電したリン中心が共存する。求核性が高く、カルボニル化合物への付加で強いP=O結合形成の駆動力を利用し反応が進む。安定化イリド(電子求引基含有)と非安定化イリドで反応性と生成アルケンの立体選択性が大きく異なる。イリド自体は発色団を含むため、一部は光反応や光学解析にも応用されている。現代では流通性の高い塩が市販され、ラボスケールからプラントスケールまで幅広く用いられる。
官能基変換
分子内のある官能基を別の官能基に変える操作で、合成経路を柔軟に設計するうえで不可欠。ヒドロホウ素化後のアルキルボラン酸化でアルコールを得るなど、ブラウンの手法は典型的な例を示す。ウィッティヒ反応はカルボニル基をアルケンへと一工程で変換するため、特に終盤合成で重宝される。官能基変換の効率は収率だけでなく選択性、温和さ、そして環境への影響が評価指標となる。近年は触媒的ワンポットプロセスが開発され、グリーンケミストリーの観点からも注目されている。
立体化学
分子内の原子の三次元配置を扱う化学の分野で、医薬品の活性や物性に直結する。ヒドロホウ素化はシン付加により、結合が同じ側に導入されるため立体選択性が高い。ウィッティヒ反応ではE/Z比をイリドの性質で制御でき、複雑な天然物の合成に欠かせない技術となった。立体化学制御の理論は有機触媒や不斉金属触媒の設計にも応用され、近年は人工酵素にも波及している。精密な立体制御は薬の効き目を左右するだけでなく、副作用低減や材料特性の向上にも寄与する。
グリーンケミストリー
環境への負荷を最小化する化学の設計思想で、廃棄物削減や毒性回避、エネルギー効率などを指標とする。ヒドロホウ素化・ウィッティヒ反応は高い収率と選択性で副生成物を抑え、グリーンケミストリーの理念に合致する。近年は水系溶媒や触媒化によってさらなる環境負荷低減が試みられている。グリーンケミストリーの12原則は、合成計画段階での試薬選択や工程短縮を促す。持続可能な社会の実現には、こうした環境調和型反応の普及が不可欠である。