2014年ノーベル化学賞
受賞理由
超高解像度蛍光顕微鏡の開発
受賞者
アメリカ合衆国
ドイツ,
ルーマニア
アメリカ合衆国
解説
私たちが理科の授業で使う光学顕微鏡は小さなものを大きく見せてくれますが、ウイルスやタンパク質のようにとても小さいものまでは見えません。2014年のノーベル化学賞は、ベツィグさん・ヘルさん・モーナーさんが作った「超高解像度蛍光顕微鏡」に贈られました。この顕微鏡は、光る分子を目印にして細胞の中を観察し、普通の顕微鏡より約100倍細かい部分まで見分けることができます。仕組みは、分子を順番に光らせたり暗くしたりすることで、暗い部屋を懐中電灯で細かく照らして地図を作るように画像を集める方法です。これにより病気の原因となるタンパク質の動きや細胞分裂の様子を動画のように見ることができるようになりました。
関連キーワード
分解能
分解能は顕微鏡で二つの点を区別できる最小距離を指します。値が小さいほど詳細な構造を見分けられます。従来は光の波長によって約0.2マイクロメートルが限界でした。超解像技術はこの値を数十ナノメートル、さらには数ナノメートルまで縮めました。高い分解能は細胞内での分子相互作用や病原体の侵入過程を直接観察する上で不可欠です。
回折限界
1873年にアッベが示した式により、光学系の解像度は波長と開口数で決まるとされました。この物理的制約により、光学顕微鏡では0.2マイクロメートルより小さな構造はぼやけてしまいます。STEDは誘導放出で実効的な点像を絞り込み、PALM/STORMは分子を時間的に分離することでこの限界を迂回しました。現在では数マイクロメートル視野内でナノメートル級解像度を実現し、回折限界は「原理的制約」から「工学的課題」へと変わりました。新技術はさらに限界下での新指標を模索しています。
蛍光色素
蛍光色素は特定の波長で励起すると別の波長で光る分子です。抗体やDNAなどに結合させることで細胞内の標的分子を可視化できます。超解像では光活性化型や光スイッチ型の色素が必須で、光らせるタイミングを精密に制御します。フォトブリーチングや光毒性を抑えるため、明るさ・安定性・生体適合性の改良が続けられています。新規有機色素や量子ドット、近赤外色素の開発が解像度と多重染色能力をさらに高めています。
STED顕微鏡
STEDはStimulated Emission Depletionの略で、励起ビームとドーナツ形抑制ビームを重ね、中央の数十ナノメートルだけを発光させる手法です。1994年にヘルが原理を提案し、2000年に実証されました。装置には高速走査系と高出力パルスレーザー、ドーナツビームを作る位相板が必要です。ライブセル観察では低強度版のRESOLFTや時間ゲーティング法が用いられます。構造生物学や神経科学での普及が進み、細胞接着分子のクラスター解析などに威力を発揮しています。
PALM
PALM(Photoactivated Localization Microscopy)は、光活性化蛍光タンパク質を少数ずつオンにし、各分子の位置をナノメートル精度で求めて画像を再構築する方法です。2006年にベツィグらが最初に報告しました。位置推定にはガウシアンフィッティングや点拡がり関数モデルが用いられ、理論限界はフォトン数の平方根に反比例します。多色観察や3次元化も進み、細胞骨格や核膜孔複合体の可視化に応用されています。データ処理には数万フレームの統計解析が必要で、高速計算アルゴリズムが発展しました。
STORM
STORM(Stochastic Optical Reconstruction Microscopy)は、有機蛍光色素をランダムに点灯・消灯させて局在化を行う超解像法です。分子間の高速のオン・オフ切替えを化学条件で制御し、1フレームあたりの発光密度を低く保ちます。装置構成は従来のTIRF顕微鏡に近く、波長多重化も容易です。シナプス小胞やエンドソームの形態解析、病原菌表層構造の解明などに使われています。近年はsCMOSカメラとの組み合わせで動画撮影も可能になりました。
GFP
GFP(緑色蛍光タンパク質)はオワンクラゲ由来のタンパク質で、遺伝子融合により生細胞内のタンパク質を可視化できます。モーナーはGFPの一部変異体が光でオン・オフ切替え可能であることを発見し、単一分子検出を実現しました。光活性化型GFPはPALMの主要なプローブとして利用されています。GFPの小ささと生体適合性はライブセルイメージングに理想的です。現在はスペクトルを拡張したmCherryやmMapleなど多色タンパク質が開発され、多重標識を可能にしています。
シングル分子イメージング
シングル分子イメージングは個々の分子の光信号を検出し、平均化では見えない多様性や動態を解析する手法です。1989年にモーナーが単一分子吸収を検出したことが契機となりました。技術的には高NA対物レンズ、低バックグラウンド照明、感度の高い検出器が不可欠です。応用範囲は酵素反応の中間体観測、DNA折りたたみ経路の追跡、細胞膜での受容体ダイナミクス解析など多岐にわたります。統計解析では分子ごとの軌跡や待ち時間分布を用いて、エネルギーランドスケープを再構築できます。
光学顕微鏡
光学顕微鏡は可視光を利用して試料を拡大観察する装置で、17世紀の発明以来生命科学の基礎を支えてきました。蛍光顕微鏡は蛍光色素を用いて特定分子を選択的に可視化できる点が特徴です。回折限界のため長らく細胞小器官程度までしか観察できませんでしたが、超解像技術がその枠を破りました。現在の光学顕微鏡は共焦点、二光子、ライトシートなど多様なモードを備え、ナノ機械操作やフォース測定と組み合わせた複合装置も登場しています。手軽さと高機能の両立が進み、教育から最先端研究まで広く使われています。
FRET
FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)は二つの蛍光分子間でのエネルギー移動を利用し、分子間距離(1–10 nm)の変化を検出する手法です。超解像と組み合わせることで、構造変化の位置情報と距離情報を同時に取得できます。例えば受容体の活性化に伴うコンホメーション変化をナノメートル解像度で追跡可能です。測定にはスペクトルオーバーラップや偏光依存性などの最適設計が必要です。今後はライブセルでの高時間分解能FRET-STED計測が期待されています。