2019年ノーベル化学賞
受賞理由
リチウムイオン二次電池の開発
受賞者
アメリカ合衆国
イギリス,
アメリカ合衆国
日本
解説
私たちが毎日使うスマホやゲーム機には小さな電池が入っています。この電池は「リチウムイオン電池」と呼ばれ、何度もくり返し充電して使えます。2019年のノーベル化学賞を受けた3人の科学者は、この電池を作るしくみを完成させました。電池の中ではリチウムという金属の粒が、+(プラス)と−(マイナス)の部屋を行ったり来たりしています。充電するときはリチウムがマイナスの部屋に集まり、使うとプラスの部屋へ戻ります。この動きが電気を生み出し、私たちの機器を動かしています。軽くてパワフルなので、リチウムイオン電池は電気自動車や家の電気をためる大きな装置にも使われています。
関連キーワード
リチウムイオン電池
リチウムイオン電池は、正極と負極の間でリチウムイオンが可逆的に移動することで電力を蓄えたり放出したりする二次電池である。1991年にソニーが世界で初めて実用化し、現在ではスマートフォンから電気自動車まで幅広い用途に用いられる。他の電池系に比べて質量当たり・体積当たりエネルギー密度が高く、メモリー効果がないため深放電を避ける必要も小さい。電極材料の組み合わせや電解液の改良により、急速充電性能やサイクル寿命、安全性が継続的に向上している。近年は全固体化やリチウムメタル再導入など、さらに高い性能を目指した研究が世界的に進められている。
インターカレーション
インターカレーションとは、層状結晶やチャネルを持つ固体の隙間に小さなイオンや分子が入り込み、宿主格子を大きく壊さずに可逆的に出入りできる現象である。リチウムイオン電池では、Li⁺が層状酸化物や黒鉛の間に挿入・抽出されることでエネルギーを蓄える。このプロセスでは、電荷移動に伴う体積変化が比較的小さく、繰り返しサイクルに対して構造安定性が高い。電極材料開発では、イオン拡散経路の維持とホスト格子の電子伝導性の両立が重要となる。同様の概念はNaイオン電池やMgイオン電池など他の多価イオン系にも応用されつつある。
カソード
正極(カソード)は放電時に還元される電極で、セル電圧と容量を決定する要の材料である。LiCoO₂, Li(Ni, Mn, Co)O₂, LiFePO₄ など多様な化学組成が実用化され、それぞれ電圧、コスト、熱安定性に特徴を持つ。遷移金属の高原子価状態を利用するほど高電圧が得られるが、格子の酸化安定性や酸素脱離リスクが増大する。カソード表面のコーティングやドーピングは、電解液との副反応を抑制して寿命を延ばす手段として広く研究されている。次世代カソードとして、高ニッケル層状酸化物やリチウム過飽和スピネルが検討され、300 Wh kg⁻¹級セルの実現を目指している。
アノード
負極(アノード)は放電時に酸化される電極で、リチウムイオン電池では主に黒鉛が使用される。黒鉛はLiC₆までリチウムを取り込むことで372 mAh g⁻¹の理論容量を持ち、安定したSEI形成によって長寿命を実現する。高容量化のためにシリコンや錫合金、リチウム金属などが研究されているが、体積膨張や安全性の課題が残る。アノードの従来比エネルギー向上はセル全体のエネルギー密度に直接影響するため、材料・バインダー・界面制御の総合的アプローチが必要である。負極におけるリチウムデンドライト抑制は、急速充電技術普及の鍵となる重要課題でもある。
コバルト酸リチウム
LiCoO₂ はGoodenoughが1980年に報告した層状岩塩型カソードで、高い作動電圧と良好な電気伝導性を持つ。初期の小型電子機器用セルで広く採用され、リチウムイオン電池普及の原動力となった。しかしコバルト資源の偏在や高コスト、熱暴走時の酸素放出危険性が指摘されている。これを受けて、NiやMnを部分置換したNCM系材料や、Feを用いたリン酸鉄など、低コバルト代替材が開発された。動作電圧4.2 Vの高電位領域でのLiCoO₂の安定化策として、AlやMgドーピング、表面コーティングが実用化されている。
グラファイト
グラファイトはsp²炭素層が規則正しく積層した構造を持ち、層間にリチウムを挿入できるため負極材料として最も普及している。低い嵩密度でも高い可逆容量を示し、導電助剤が少量で済む点から高エネルギーセル設計に有利である。充電初期に電解液溶媒が還元され、数nm厚のSEI膜を形成することで電極表面を保護する。低温時のリチウムメタルプレーティングや急速充電によるデンドライト成長が安全性の課題となる。ハードカーボンやソフトカーボンへの代替、独自の粒子設計、界面添加剤使用などでこれらの弱点が改善されつつある。
エネルギー密度
エネルギー密度は単位質量あるいは単位体積あたりに蓄えられるエネルギー量を示し、電池の小型軽量化に直結する。リチウムイオン電池は150–250 Wh kg⁻¹の実用値を達成し、鉛蓄電池やNi-Cd電池を大きく上回る。材料の比容量向上とセルパッケージのデッドスペース削減は密度向上の主要手段である。高エネルギー化に伴い熱暴走リスクが増すため、熱マネジメントや難燃電解液の開発が欠かせない。航空機や長距離EV用途では400 Wh kg⁻¹以上を目指す研究が進行中で、固体電池やリチウム硫黄系が候補に挙げられる。
電解液
電解液はイオン伝導体として正極と負極を電気的に隔離しつつリチウムイオンを輸送する役割を担う。現行の液系はエチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)などの有機溶媒にLiPF₆を溶解させている。高温下での分解やHF生成による金属溶出はセル寿命を制限する要因である。フッ素系添加剤や高濃度電解液、難燃性リン酸エステル溶媒などの工夫で安定性向上が図られている。全固体電池では硫化物系、酸化物系、高分子系などの固体電解質が研究され、液漏れや可燃性の問題を根本的に解決しようとしている。
固体電解質界面
SEIは負極表面で電解液が還元分解して形成されるナノスケールの複合膜で、電子を遮断しつつLi⁺伝導を許す。その存在によりさらなる溶媒分解を防ぎ、電池の可逆性と寿命を左右する重要な役割を果たす。SEIの組成は溶媒、塩、添加剤、温度条件によって変化し、LiF、Li₂CO₃、有機ポリマーなどが混合している。不均一なSEIは抵抗増加やリチウムデンドライト成長を引き起こすため、均質で弾性の高い膜形成が研究されている。近年はインシチュ・オペランド測定技術により、SEI形成・再形成過程をリアルタイムで観察できるようになった。
電気自動車
電気自動車(EV)は化石燃料を直接燃焼せず、車載のリチウムイオン電池に蓄えた電力でモーターを駆動する。騒音が少なく走行時の排出ガスがゼロであるため、大気汚染や温室効果ガス削減に寄与する。電池コストと航続距離が普及の鍵であり、Wh kg⁻¹とWh L⁻¹を高めながら充放電寿命と安全性を確保する技術開発が続く。急速充電インフラの整備、再生可能エネルギーとの連携、バッテリーリサイクルは持続可能なEV社会の課題である。車載電池のセカンドライフ利用やV2G(Vehicle-to-Grid)など新しいエネルギーエコシステムが構築されつつある。