1983年ノーベル生理学・医学賞
受賞理由
可動遺伝因子の発見
受賞者
アメリカ合衆国
解説
私たちの体や植物にはDNAという設計図が入っています。バーバラ・マクリントックさんはトウモロコシを観察して、DNAの中に場所を移動できる「ジャンプする遺伝子」があることを突き止めました。この遺伝子が動くと、トウモロコシの粒の色模様が変わります。これは、本が本棚の別の段に飛び移るみたいなものです。彼女の発見は、生き物の設計図が思った以上に柔軟で変化できることを教えてくれました。
関連キーワード
可動遺伝因子
可動遺伝因子とは、ゲノム上を移動できるDNAまたはRNA配列の総称です。DNAを切断して別の部位に挿入するタイプや、RNAコピーを逆転写してゲノムに戻るタイプが存在します。移動に伴って遺伝子を壊したり発現を変えたりするため、突然変異や多様性の重要な源になります。細菌の抗生物質耐性遺伝子の水平伝播や哺乳類の免疫受容体遺伝子再構成もこの仕組みに関係しています。ヒトゲノムの半分近くは可動遺伝因子由来であり、エピジェネティック制御下で静かに保たれつつも、進化のドライバーとして働き続けています。
トランスポゾン
トランスポゾンは、自己の転移酵素トランスポザーゼを利用してゲノム上の別の座位へ飛び移るDNA要素です。Class I(コピー&ペースト型レトロトランスポゾン)とClass II(カット&ペースト型DNAトランスポゾン)の2大グループがあります。Ac/DsやP-elementはClass IIの典型例で、8〜10塩基のターゲットサイト重複を残します。転移が制御されないと宿主ゲノムに損傷をもたらすため、多くの生物はメチル化や小RNAで発現を抑制しています。一方で、その可塑性は進化やバイオテクノロジーに利用され、遺伝子治療用ベクターや機能喪失突然変異誘発の道具として欠かせません。
トウモロコシ
トウモロコシはイネ科の主要穀物で、染色体数10対を持ち、粒に現れる多彩な形質が遺伝学の研究素材として適しています。マクリントックは、粒(ケルネル)に生じる紫や黄、斑点などの色素変異を指標に染色体構造の変化を観察しました。大きな染色体と明瞭なバンドパターンのおかげで、光学顕微鏡による細胞遺伝学的追跡が容易だったことも利点でした。現代でもトウモロコシは、トランスポゾン動態解析やゲノムサイズ拡大メカニズムのモデルとして利用されています。食料生産と基礎科学を結び付ける作物としての役割は、マクリントックの時代から続いています。
ゲノム進化
ゲノム進化とは、世代を重ねる中でDNA配列がどのように変化し多様化するかを研究する分野です。突然変異、遺伝子重複、染色体再編成、可動遺伝因子の転移など多様な要因が絡み合います。マクリントックの発見は、可動遺伝因子がゲノム進化の推進力となりうることを最初に示しました。トランスポゾンの活性化は、新しい遺伝子の誕生や調節配列の創出を通じて表現型の革新を引き起こします。種分化や環境適応のスピードを説明する上でも、可動遺伝因子は重要な要素として位置づけられています。
転写制御
転写制御は、DNAからRNAが作られる過程をオン・オフしたり強弱をつけたりする仕組みです。可動遺伝因子は、プロモーターやエンハンサーなどの調節配列を持ち込んだり、既存の遺伝子を分断したりして転写制御ネットワークを再配線します。その結果、発生過程や環境応答に必要な遺伝子発現パターンが大きく変化することがあります。エピジェネティックサイレンシングによってトランスポゾン自身が抑え込まれると同時に、周辺遺伝子の発現までも巻き添えにするケースも知られています。したがって、可動遺伝因子は転写制御におけるノイズ源であると同時に、新しい調節モジュールの供給源でもあります。