1999年ノーベル生理学・医学賞
受賞理由
タンパク質が細胞内での輸送と局在化を司る信号を内在していることの発見
受賞者
アメリカ合衆国
解説
私たちの体の中の細胞は、小さな工場のようにたくさんの「タンパク質」という部品を作ります。けれども、そのタンパク質は決められた場所に届かなければ正しく働けません。ギュンター・ブローベルさんは、タンパク質の中に「住所が書かれたラベル(信号)」が最初からついていることを見つけました。このラベルを読み取る仕組みが細胞の中にあり、タンパク質を手紙のように目的地へ運びます。たとえば、外に出て行くタンパク質には「外へ出してね」という信号が、核に行くものには「核へ行ってね」という信号があります。この発見のおかげで、細胞がどうやってきちんと働くかがよりよくわかり、病気の研究や薬づくりにも役立っています。
関連キーワード
シグナルペプチド
シグナルペプチドは分泌・膜タンパク質のN末端に位置する20〜30個のアミノ酸から成る短い配列です。中央部に疎水性残基が並び、先端には正電荷、末端には切断部位が配置されています。翻訳中にシグナル認識粒子(SRP)がこの配列を包み込み、リボソームの合成を一時停止させます。その後SRP受容体を介してSec61チャネルへ導かれ、配列はER膜を越える際の先導役を担います。切断後はタンパク質本体から離れ、速やかに分解されます。
シグナル認識粒子
シグナル認識粒子(SRP)はタンパク質とRNAから成るリボ核タンパク質複合体で、細胞質のリボソームを監視しています。シグナルペプチドを検知するとSRP54サブユニットが結合し、GTP結合状態で伸長を停止させます。SRPは小胞体膜のSRPレセプターと相互作用し、GTP加水分解を介してリボソームをSec61チャネルへ引き渡します。この高速かつ高精度な反応によりミスの少ないタンパク質ターゲティングが実現します。SRPは古細菌から真核生物まで保存される重要因子です。
タンパク質膜貫通
タンパク質膜貫通(トランスロケーション)はポリペプチド鎖が膜を横断する過程で、Sec61やTOM/TIMなどのチャネルを介して進行します。共翻訳的経路では翻訳と同時に鎖がチャネルを通り抜け、誤折りたたみが防がれます。後翻訳的経路ではHsp70系シャペロンが鎖を伸展状態に保ち、ATPエネルギーでチャネルへ送り込みます。チャネル内は水で満たされ、疎水性残基が脂質中に露出しないよう保護します。障害が起こるとタンパク質が細胞質に蓄積し、ストレス応答や疾患を誘発します。
小胞体
小胞体(ER)は細胞質に広がる膜ネットワークで、分泌・膜タンパク質の合成、糖鎖付加、カルシウム貯蔵を担います。粗面ERの表面にはリボソームが付着し、シグナルペプチドを持つタンパク質が導入されます。ER内腔ではBiPやPDIなどのシャペロンが折りたたみを補助し、誤折りたたんだタンパク質はERAD経路で分解されます。処理済みタンパク質はCOPII小胞でゴルジ体へ運ばれます。ERはストレス応答(UPR)を介して恒常性維持にも重要です。
核局在化シグナル
核局在化シグナル(NLS)はリジンとアルギニンに富む短いモチーフで、タンパク質を核内へ搬入するパスポートです。インポーチンαがNLSに結合し、インポーチンβと複合体を形成して核膜孔複合体へ向かいます。核内のRan-GTPが受容体に作用して荷物を放出し、受容体は再利用されます。NLS欠損は遺伝子発現異常を引き起こします。ウイルスは独自のNLSで核内侵入を図ることがあります。
タンパク質ソーティング
タンパク質ソーティングは細胞内の物流システムで、シグナル配列や糖鎖コードなどがバーコードのように宛先を指定します。ゴルジ体ではpHやレクチン受容体が荷物を区分し、リソソーム行きのマンノース-6-リン酸タグが付加されます。ソーティングエラーは消化酵素の漏出などを招き、組織損傷の原因となります。エンドサイトーシス後のリサイクルや分解経路も統合的に制御されています。正確なソーティングは細胞機能を維持する鍵です。
分泌経路
分泌経路はタンパク質がERで合成されてから細胞外へ放出されるまでの輸送ルートで、ER→ゴルジ体→輸送小胞→細胞膜という順序で進みます。各段階で品質管理チェックポイントが設けられています。ニューロンや内分泌細胞では終点で分泌顆粒に濃縮され、刺激依存的に放出されます。経路の異常は糖尿病や嚢胞性線維症などの原因になります。産業利用では酵母や哺乳類細胞を使って治療用タンパク質を大量生産します。
オルガネラターゲティング
オルガネラターゲティングはミトコンドリアやペルオキシソームなどへのタンパク質輸送過程です。これら小器官は独自のDNAが少なく、ほぼ全てのタンパク質を核に依存して合成します。N末端プレシークエンスがTOM/TIMやPEX受容体に認識され、膜電位やATP駆動で内部へ導入されます。精度低下はミトコンドリア病や脂質代謝異常を引き起こします。蛍光タンパク質を小器官特異的に標識するツールとしても利用されます。
タンパク質ミスフォールディング疾患
タンパク質ミスフォールディング疾患は誤折りたたまれたタンパク質が機能喪失または凝集して毒性を示す病気です。アルツハイマー病のアミロイドβやパーキンソン病のαシヌクレイン凝集体が代表例です。ER内での折りたたみ失敗はERストレスを引き起こし細胞死を誘導します。輸送経路の滞留や偏りは病態を悪化させる重要因子です。分子シャペロン増強剤などの治療法開発が進んでいます。
バイオテクノロジー応用
バイオテクノロジー応用ではシグナル配列を利用して有用タンパク質を大量生産します。遺伝子工学で強力な分泌シグナルを付加すると細胞は製品を培養液中に放出し、精製が容易になります。糖鎖パターンを調節して薬効や安定性を高める試みも行われています。合成生物学では分泌経路をモジュール化した設計図が提案され、環境浄化やマイクロバイオーム操作へも応用が期待されています。ブローベルの概念が世界規模の生産ラインを支えています。