2000年ノーベル生理学・医学賞
受賞理由
神経系における情報伝達に関する発見
受賞者
スウェーデン
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国
解説
私たちの体には脳からのメッセージを運ぶ「神経」があります。カールソンさん、グリーンガードさん、カンデルさんは、その神経どうしがどのようにおしゃべりしているかを調べました。ドーパミンという物質がガソリンのように神経を動かし、足りなくなると体がうまく動かなくなることを発見しました。また、神経の先で小さな袋がはじけ、化学の手紙を次の神経に届ける様子も明らかにしました。さらに、何度も使った神経の道は太く丈夫になり、覚えたことを長く記憶できることも示しました。こうした成果は、パーキンソン病の薬や学習のしくみを理解する手がかりになっています。
関連キーワード
神経伝達物質
神経細胞がシナプスで放出し、隣接する細胞に情報を伝える化学物質。アセチルコリンやドーパミンなど多種類が存在し、興奮性か抑制性かで作用が異なる。受容体に結合するとイオンチャネル開閉やGタンパク共役経路を活性化する。シナプス後細胞内では二次メッセンジャーが産生され、最終的に遺伝子発現にも影響する。平衡が崩れると精神・神経疾患の発症因子となる。
ドーパミン
カテコールアミン系の神経伝達物質で、運動調節・報酬・注意機能に重要。黒質-線条体系で不足するとパーキンソン病を引き起こす。メソリムビック経路で過剰になると統合失調症様症状が生じる。代謝はモノアミン酸化酵素やCOMTで制御され、薬理学的標的となる。カールソンの研究により、L-DOPA補充療法が臨床導入された。
シナプス
神経細胞同士、または神経と筋肉が接する情報伝達の接合部。シナプス前終末には神経伝達物質を蓄えたシナプス小胞があり、活動電位到達でカルシウム依存的に放出される。シナプス間隙を拡散した化学物質はシナプス後膜受容体に結合し、電気的・生化学的応答を引き起こす。可塑的変化により強度や数が変わり、学習・記憶の物質基盤となる。異常はてんかんや自閉症などの疾患と関係する。
タンパク質リン酸化
セリン、スレオニン、チロシン残基にリン酸基を付加する酵素反応で、キナーゼにより触媒される。構造変化や電荷変化で酵素活性やタンパク質間相互作用を調節する。神経ではイオンチャネル開閉、受容体感受性、遺伝子転写活性などを迅速に変えるスイッチとして機能。グリーンガードはPKAとDARPP-32を中心にこの機構を詳細に解明した。リン酸化異常はアルツハイマー病のタウタンパク質凝集など病態の鍵を握る。
シナプス可塑性
神経回路内でシナプス強度や数が経験依存的に変化する現象。短期可塑性は数秒から数分、長期可塑性は数時間から生涯続く。カルシウム流入、PKA/PKC活性化、CREB依存性転写などが分子基盤となる。カンデルはアメフラシを用いて短期・長期可塑性の時間軸と分子経路を分離して同定した。学習・記憶の神経メカニズム解明やリハビリテーション法の開発に重要。
長期増強
高頻度刺激後にシナプス伝達効率が長時間増強する現象。海馬CA1野でNMDA受容体依存的に発生し、AMPA受容体数増加とシナプススパイン成長が伴う。CREB活性化と新規タンパク質合成が維持段階に必須。学習・記憶の細胞モデルと考えられ、アルツハイマー病モデルでは障害される。カンデルの業績は無脊椎でもLTP様現象が汎用的であることを示した。
二次メッセンジャー
細胞膜受容体の活性化後に細胞内で生成され、シグナルを増幅・伝達する小分子。cAMP、IP3、Ca2+などが代表例。標的キナーゼやイオンチャネルを活性化して生理応答を引き起こす。時間的・空間的に厳密な制御を受け、シナプス可塑性やホルモン応答の精度を保証する。過剰または不足は代謝疾患や精神疾患を誘発する。
Aplysia(アメフラシ)
カリフォルニア近海に生息する大型巻貝で、単純かつ巨大な神経細胞を持つ。カンデルは感作・習慣化などの学習課題を設定し、個々のニューロン活動を同定可能なモデルとして利用した。神経経路の可塑性を細胞・分子レベルで直接測定できる利点がある。セロトニン投与で短期強化、反復刺激で長期強化が誘導でき、記憶研究の標準系となった。哺乳類にも保存されたメカニズムを示すことで学習研究の普遍性を高めた。
cAMP依存性タンパク質キナーゼ
cAMP結合により活性化されるセリン/スレオニンキナーゼ。触媒サブユニットが阻害調節サブユニットから遊離して基質をリン酸化する。シナプスではイオンチャネル、転写因子CREB、DARPP-32など多彩な標的に作用。グリーンガードはPKA経路が受容体刺激を長時間の細胞応答に変換する鍵であることを示した。過活動は心不全や腫瘍化、低活動は記憶障害などに関連する。
シグナル伝達経路
細胞外の刺激を受容体が感知し、細胞内分子の連鎖反応で情報を伝える仕組み。リガンド結合、二次メッセンジャー産生、キナーゼ活性化、転写制御という階層的段階を経る。特異性は空間的隔離や足場タンパク質による複合体形成で担保される。神経系ではミリ秒から時間単位まで幅広い時間スケールを統合して応答する。ノーベル賞受賞研究は神経システムにおける代表的なシグナル伝達経路を分子レベルで記述した。