2006年ノーベル経済学賞
受賞理由
マクロ経済政策における異時点間のトレードオフに関する分析
受賞者
アメリカ合衆国
解説
物の値段がどれくらい上がるかをインフレーションと呼び、働きたいのに仕事がない人の割合を失業率と言います。昔は「物価を少し上げれば仕事が増える」という簡単な関係があると考えられていました。フェルプスさんは、人々が将来の値段の変化を予想して行動することに注目しました。みんなが「きっと値段はもっと上がる」と思えば、実際に物価がさらに上がりやすくなります。だから、インフレと失業の関係はそれほど単純ではないことが分かりました。今だけ良く見える政策を取ると、あとで物価がどんどん上がって困るかもしれないと教えてくれたのです。
関連キーワード
フィリップス曲線
インフレ率と失業率の間に観測される逆相関を表す曲線で、1958年にA・W・フィリップスが示した。1960年代には政策当局がインフレと失業を交換可能と解釈したが、1970年代のスタグフレーションで限界が露呈した。フェルプスは期待を導入し、長期的には曲線が垂直になることを示した。今日では短期と長期で形状が異なるという理解が定着している。実証分析ではインフレ期待の測定方法が推定結果を左右する点も重要である。
期待インフレ
家計や企業が将来の物価上昇率について抱く主観的予想を指す。フェルプスの理論では期待インフレが実際のインフレに同率で上乗せされるため、期待の形成メカニズムが政策効果を左右する。調査データや市場派生データ(ブレークイーブンインフレ率など)が測定に用いられる。中央銀行が信頼を構築すると期待を安定させ、コストの小さいディスインフレが可能になる。逆に期待がアンカーを失うと賃金・価格設定に連鎖し、高インフレが持続する危険がある。
自然失業率
労働市場が均衡し、インフレ率が変化しないときに達成される失業率。制度やマッチング効率、効率賃金などの構造要因で決まる。政策で短期的に下回ることは可能だが、期待調整によりインフレだけが加速する。指標としてNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)が用いられ、推計にはフィルター法や構造推定が使われる。自然失業率は時変的であり、技術革新や労働市場改革によって上下する。
期待拡張型フィリップス曲線
フェルプスとミルトン・フリードマンが独立に提唱した拡張モデルで、インフレ率が期待インフレと失業率の乖離に依存すると仮定する。数式ではπ=πᵉ+β(u*−u)と書かれ、長期的にはuがu*に収束し曲線は垂直になる。合理的期待を導入すると政策の系統的成分は実質効果を失い、ランダムショックのみが短期のトレードオフを生む。モデルは新古典派およびニューケインジアンDSGEの標準部分となった。近年はインフレ期待の非線形効果や粘着性を取り入れた拡張も行われている。
異時点間トレードオフ
現在と将来の経済成果を比較しながら意思決定する概念。財政・金融政策が今日の景気を刺激すると将来のインフレ期待を悪化させるように、マクロ政策には時間をまたぐ対価が伴う。フェルプスはこの視点で失業とインフレ、消費と貯蓄の最適配分を統合的に考察した。黄金律や時間整合性問題は異時点間トレードオフの具体例である。家計や企業の割引率、政府の信頼性がトレードオフの形状を左右する。
効率賃金理論
企業が労働者の士気向上や離職防止を目的に、市場均衡より高い賃金を支払うという仮説。高賃金は労働供給を増やすだけでなく、労働者の生産性やコンプライアンスを引き上げる可能性がある。フェルプスはこの考えをマクロモデルに取り入れ、自然失業率の存在理由を説明した。理論は不完全情報や監視コストがある現実の職場をより適切に表している。実証研究では賃金‐離職率や賃金‐生産性の相関が検証対象となる。
資本形成
機械設備やインフラなどの物的資本、および教育・研究開発といった人的・知的資本への投資を指す。フェルプスは世代間で消費を公平にする黄金律を示し、資本蓄積が多すぎても少なすぎても問題が生じることを示唆した。過剰資本の場合、貯蓄率を下げれば全ての世代の厚生を改善できる動学的非効率が発生する。人的資本は技術導入を加速し、成長率を高める役割を持つ。政策面では教育投資や税制が資本形成に強い影響を与える。
金融政策ルール
中央銀行が金利をどのように調整するかを指針化したもの。インフレ目標と産出ギャップに応じて金利を決めるテイラールールが代表例で、期待管理を重視する点でフェルプスの洞察と呼応する。ルール運用は政策の透明性と予見可能性を高め、期待をアンカーする効果がある。理論的には時間整合性問題を緩和し、インフレバイアスを低減する。一方、硬直的なルールは金融ショックへの柔軟な対応を妨げる可能性があり、裁量との適切な組み合わせが議論されている。