1928年ノーベル化学賞

受賞理由

ステリン類(ステロール)の構造およびそのビタミン類(特にビタミンD)との関連性についての研究

受賞者

アドルフ・ヴィンダウス
アドルフ・ヴィンダウス

ドイツ国ドイツ国

解説

人の体や牛乳、卵などには「コレステロール」という脂がふくまれています。1928年、ヴィンダウス博士はコレステロールなどの仲間を調べて「ステロール」というグループを決めました。さらに、これらのステロールが太陽の光を浴びると体の中で「ビタミンD」に変わることを見つけました。ビタミンDはカルシウムを助け、骨を丈夫にする栄養で、外で遊ぶことや魚を食べることで手に入ります。彼の発見によって、多くの子どもが骨がやわらかくなる病気を防げるようになりました。

関連キーワード

ステロール

ステロールは四つの縮環をもつ「ステロイド核」にヒドロキシ基が1つ付いた脂質の総称です。細胞膜に挿入され、膜流動性や透過性を調節する重要な役割を果たします。動物ではコレステロール、植物ではシトステロール、真菌ではエルゴステロールが代表例です。ヴィンダウスは各種ステロールを系統的に分離・精製し、その構造類似性から「共通祖先的分子」と提唱しました。現代の生合成研究は彼の仮説を支持し、スクアレンからの共有起源を証明しています。そのためステロール研究は、進化生物学、医薬品開発、食事由来のコレステロール制御など広範な分野に波及しています。

コレステロール

コレステロールは哺乳類細胞膜の主要構成成分で、プレカーサーとして胆汁酸やステロイドホルモンを生合成する起点になります。19世紀には「コレステリン」と呼ばれ、結晶学的に観察されていましたが、その精確な構造は不明でした。ヴィンダウスは酸化分解と旋光度測定により、3β-ヒドロキシ基とΔ⁵二重結合を含む構造を決定しました。彼のデータは後の動脈硬化研究において、血中コレステロール測定の基準となりました。現在、LDLやHDLといったリポタンパク質の評価は心血管疾患リスクの予測に不可欠です。コレステロール代謝を標的とするスタチンやPCSK9阻害薬の開発は、ヴィンダウスの構造解析に端を発する長い研究史の延長線上にあります。

ビタミンD

ビタミンDは通常のステロイド核が開裂した「セコステロイド」と呼ばれる化合物群です。D2はエルゴステロール由来、D3は7-デヒドロコレステロール由来で、いずれも紫外線により生成します。活性型の1α,25-ジヒドロキシビタミンDは腸上皮に作用し、カルシウム吸収を高めます。さらには骨芽細胞や免疫細胞に受容体があり、骨代謝調節や免疫恒常性にも関与します。ヴィンダウスの光化学的発見により、食糧・医薬品へのビタミンD強化が普及し、くる病が劇的に減少しました。現在は欠乏症だけでなく、過剰摂取による高カルシウム血症や慢性疾患との関連が研究されています。

エルゴステロール

エルゴステロールは真菌や酵母の細胞膜に豊富なステロールで、植物のフィトステロールと動物のコレステロールの中間的性質を持ちます。1920年代、ヴィンダウスはエルゴステロールに紫外線を照射すると強力なくる病治療活性が生じることを示しました。それにより、エルゴステロールは市販ビタミンD製剤の原料として大量生産されました。現在でもキノコが日光を浴びるとビタミンD2含量が増えるのは、この光変換反応によるものです。さらに、抗真菌薬の多くはエルゴステロール生合成を阻害することで細胞膜を不安定にし、殺菌効果を得ています。エルゴステロールは化学的・医学的に二重の意味で重要なターゲットとなっています。

ステロイド核

ステロイド核は3つの六員環と1つの五員環からなる炭化水素骨格(6-6-6-5)で、多くの生理活性分子の共通骨格です。ヴィンダウスは化学分解法のみでこの複雑な四環構造を導き出した先駆者です。核の立体化学(シス/トランス接続)がホルモン活性を左右することが、その後の研究で判明しました。現代の合成ステロイド医薬は核上の官能基と立体配置を精密に変換して設計されます。NMRやX線解析がなかった時代にヴィンダウスが行った推定は、構造化学史上の傑作と評価されています。ステロイド核研究は薬理学、材料科学、合成化学を跨ぐ学際的なテーマです。

くる病

くる病は主に子どもで見られる骨石灰化障害による骨変形症です。ビタミンD欠乏によりカルシウム吸収が低下し、骨端線が肥厚してO脚やX脚が生じます。19世紀の工業都市では日照不足と低栄養で流行し「イングランド病」とも呼ばれました。ヴィンダウスの研究がビタミンDの生成メカニズムを明らかにし、食事と日光療法が治療・予防の標準となりました。その結果、先進国ではくる病の発生率が劇的に減少しました。しかし、屋内生活や日焼け止め使用の増加で近年再び懸念され、継続的な栄養管理が求められています。

紫外線照射

紫外線照射は分子内のπ結合にエネルギーを与え、光化学反応を引き起こします。ヴィンダウスは水銀ランプの254 nm線を用いてエルゴステロールをビタミンD2に変換しました。この処理は工業的にも採用され、ビタミンD強化食品の大量生産に貢献しました。紫外線の波長と照射量は生成物の分布や収率に大きく影響するため、フォトリアクター設計が重要です。一方、紫外線はDNA損傷を引き起こすため、安全基準が設けられています。フォトケミストリーは今日も新規医薬や材料合成に応用される活発な研究分野です。

脂質代謝

脂質代謝は脂肪酸、トリアシルグリセロール、ステロールなどの合成・分解・輸送を扱う生化学分野です。コレステロールはHMG-CoA還元酵素経路で作られ、リポタンパク質によって全身へ運ばれます。ヴィンダウスの構造解析は、コレステロール代謝経路の同定、特にスクアレンからの酸化環化過程研究の土台になりました。異常があると動脈硬化、脂質異常症、胆石などさまざまな疾患を引き起こします。スタチンやフィブラートなどの薬は脂質代謝経路の酵素を標的としており、生活習慣病治療の柱です。近年はオミクス解析により脂質メディエーターの網羅的理解が進み、栄養学と個別化医療へ応用されています。