1955年ノーベル化学賞
受賞理由
硫黄を含む生体物質(特にオキシトシン、バソプレッシン)の構造決定と全合成
受賞者
アメリカ合衆国
解説
私たちの体では、ホルモンという小さなお使いがメッセージを運んでいます。デュ・ヴィニョー博士は、オキシトシンとバソプレッシンというホルモンがどんな形をしているかを突きとめました。そして実験室で、同じ物質をゼロから作り出すことにも成功しました。これは見本を見ただけでレゴをまったく同じ形に組み立てるような、とても難しい挑戦です。この成果によって、薬をつくる方法が広がり、多くの人の健康に役立つ道が開けました。化学が病気を治す手助けになることを教えてくれる発見です。
関連キーワード
オキシトシン
9個のアミノ酸から成る環状ペプチドホルモンで、分娩促進や母乳分泌を調節する。システイン残基同士がジスルフィド結合を形成し、特有のループ構造をとる。デュ・ヴィニョーにより世界で初めて全合成され、生理活性が天然物と同一であることが実証された。今日では合成オキシトシンが産科医療で広く使用され、さらに社会行動への影響を研究する神経科学分野でも注目されている。ペプチド医薬品設計の礎となった分子である。
バソプレッシン
下垂体後葉から分泌され、腎臓の集合管で水の再吸収を促す抗利尿ホルモン。オキシトシンと同じく9残基の環状ペプチドだが3か所のアミノ酸が異なる。硫黄を含むシステインによるジスルフィド環を持つため、構造解析には還元・酸化実験が不可欠だった。デュ・ヴィニョーは部分加水分解とペプチドマッピングで配列を特定し、合成研究にも着手した。この分子は低ナトリウム血症などの治療薬開発に結びついている。
ペプチドホルモン
アミノ酸が鎖状または環状につながった比較的小型のホルモン分子群。受容体に結合して細胞内シグナル伝達を開始する。化学合成や遺伝子工学により人工的に製造しやすく、医薬品として開発しやすい利点がある。デュ・ヴィニョーの全合成はペプチドホルモンが実験室で再現可能であることを示し、インスリンやGLP-1など後続薬に影響を与えた。構造–活性相関研究の対象としても重要である。
ジスルフィド結合
2つのシステイン残基間で硫黄原子が共有結合した架橋で、タンパク質やペプチドの立体構造を安定化する。オキシトシンやバソプレッシンのような小型環状ペプチドでは分子サイズに対して大きな構造的制約力を持つ。化学合成では保護基戦略と酸化条件の制御が成功の鍵となる。デュ・ヴィニョーはI2酸化を利用してネイティブ結合を再形成した。バイオ医薬品の品質管理でもジスルフィド解析は欠かせない。
全合成
天然物を一切の生体由来材料を用いずに研究室でゼロから作り上げること。分子構造の正しさを証明するとともに、大量生産や改良分子設計の道を開く。ペプチドホルモンの全合成は当時前例がなく、複雑さゆえに不可能だと考えられていた。デュ・ヴィニョーの成功は有機化学の技術的限界を押し上げ、天然物化学の研究スタイルを変革した。現在でも新薬探索や化学生物学において中心概念となっている。
クロマトグラフィー
混合物を移動相と固定相の相互作用差に基づいて分離する分析・精製法。デュ・ヴィニョーはペーパークロマトグラフィーで部分加水分解片を分離し、配列決定の手がかりを得た。現在では液体クロマトグラフィーやHPLCがペプチドの純度確認に欠かせない。ホルモン合成のスケールアップでも、クロマトグラフィー工程は不純物除去とエピマー分離に利用される。分子生物学から環境分析まで幅広い分野で応用される基礎技術である。