1958年ノーベル化学賞

受賞理由

タンパク質、特にインスリンの構造に関する研究

受賞者

フレデリック・サンガー
フレデリック・サンガー

イギリスイギリス

解説

私たちの体はたくさんの「たんぱく質」という小さな部品でできています。たんぱく質はビーズのネックレスのように、アミノ酸という粒が順番につながったものです。サンガーさんは、血糖値を下げるホルモン「インスリン」のビーズの並び方を世界で初めて最後まで調べました。その結果、たんぱく質にも決まった順番の設計図があることがわかりました。これによって生きものが正しく働く仕組みを解く大きな手がかりが生まれました。

関連キーワード

インスリン

インスリンは膵臓のβ細胞で作られるホルモンで、血糖値を下げる働きをします。A鎖とB鎖の2本のポリペプチドがジスルフィド結合でつながった構造を持ちます。サンガーの解析により、その51残基からなる一次構造が世界で初めて明らかになりました。一次構造の解明は、インスリン製剤の合成や改良に直結し、糖尿病治療を大きく進展させました。また、タンパク質配列と機能の相関を研究するモデルケースとして現在も引用されています。

タンパク質の一次構造

一次構造とは、アミノ酸が並ぶ直線的な配列情報のことを指します。かつては巨大分子であるタンパク質に規則的な配列が存在するか疑問視されていました。サンガーはインスリンの分析により、タンパク質にもDNAやRNAと同じように厳密な文字列情報があることを証明しました。この発見は、二次・三次構造の折り畳みや機能発現を配列から予測する研究を促しました。現在の構造生物学やバイオインフォマティクスの根幹概念として位置づけられています。

サンガー法

サンガー法はDNFBでN末端アミノ酸を標識し、ペプチド断片の重複を利用して配列を再構築する技術です。手順はラベル化、部分加水分解、二次元紙クロマトグラフィー、重複解析という4つのステップで構成されます。独立した断片がジグソーパズルのように組み合わさり、配列全体が明らかになります。今日の高効率エドマン分解や質量分析シーケンスの原理的祖先として位置づけられています。また、この手法は“ケミカルシーケンシング”という分野を確立する起点となりました。

ジニトロフルオロベンゼン

DNFBは芳香族求電子置換でアミノ基と反応し、DNPアミノ酸を形成する黄色色素試薬です。サンガーはこれを用いてN末端アミノ酸のみを特異的に可視化しました。DNP化したペプチドはクロマトグラム上で高い吸光度を示し、スポット同定が容易になります。反応後もペプチド結合は保持されるため、配列情報を損なわずに分析が可能です。DNFBの応用はタンパク質化学に選択的ラベル戦略を導入した画期的な例とされています。

ペプチド配列決定

ペプチド配列決定はタンパク質研究の基本手法で、サンガー法やエドマン分解、質量分析などが用いられます。配列情報は活性中心の同定、変異解析、創薬標的の検証に不可欠です。インスリン解析で確立されたフラグメント重複アプローチは後に自動化され、1日で多数の配列を読めるようになりました。現在はタンデム質量分析が主流となり、フェムトモル以下の試料でも高精度に配列を復元できます。配列データベースとの比較により進化系統や機能予測が瞬時に行える時代になりました。

糖尿病

糖尿病はインスリンの分泌不足や作用低下により血糖が慢性的に高くなる疾患です。サンガーの成果はインスリン製剤の純度向上と化学合成に直結し、治療効果と安全性を高めました。一次構造がわかったことで、アナログインスリンや持続型製剤の設計が可能になりました。さらに分子レベルでの病態理解が深まり、インスリン受容体シグナルや遺伝子要因の研究が加速しました。今日のバイオ医薬品産業におけるペプチドホルモン開発の礎となっています。