1992年ノーベル化学賞

受賞理由

溶液中の電子移動反応理論への貢献

受賞者

ルドルフ・マーカス
ルドルフ・マーカス

アメリカ合衆国アメリカ合衆国, カナダカナダ

解説

電気は電子というとても小さな粒が動くことで流れます。液体の中の分子同士でも、電子がピョンと飛び移ることがあり、これは化学反応のスイッチのような役割をします。ルドルフ・マーカスさんは、この電子の飛び移りがいつ速く、いつ遅くなるのかを計算で予測できる方法を作りました。それは、ボールを投げるときに重さや距離が大切なのと同じで、分子の形や周りの水の揺れ方が大切だと教えてくれました。この考え方は電池を長持ちさせたり、植物が光でエネルギーを作る仕組みを理解したりする助けになっています。

関連キーワード

電子移動反応

ある分子(ドナー)から別の分子(アクセプター)へ電子が移る化学反応。酸化還元反応の基本であり、電池、光合成、金属腐食など多くの現象を支配する。速度は電子カップリング、再組織化エネルギー、反応自由エネルギーなどで決まる。マーカス理論はその定量的予測を可能にした。実験的には電気化学測定や時間分解分光で追跡される。

マーカス理論

ルドルフ・マーカスが提案した電子移動反応の速度論モデル。核座標の調和近似とFermiの黄金律を組合せ、活性化自由エネルギーを解析的に導く。温度依存性、反転領域、溶媒効果など多彩な現象を説明可能で、化学・生物・材料分野で広く使われる。内殻と外殻の再組織化寄与を分離できるため、溶媒設計や触媒設計指針になる。1992年ノーベル化学賞の受賞理由となった。

再組織化エネルギー

電子が移る前後で分子や溶媒が最安定構造を取り直すのに必要なエネルギー。内殻(化学結合伸縮)と外殻(溶媒極性変化)の和で表される。値が小さいと反応は速く、大きいと遅くなる。誘電体モデルや分子動力学で見積もられるほか、温度依存速度解析から逆算できる。電池電解液や酵素活性部位の最適化で重要な設計パラメータとなる。

活性化自由エネルギー

化学反応が起こる際に越えなければならない自由エネルギーの壁。マーカス理論では \Delta G^{\ddagger}=\frac{(\Delta G^0+\lambda)^2}{4\lambda} と表される。\Delta G^0が−\lambdaより大きく負になると再び増大し、反応速度が低下する“反転領域”が生じる。実験ではArrheniusプロットやレーザー分光で測定される。活性化自由エネルギーを下げることが触媒設計の基本目標である。

外殻電子移動

ドナーとアクセプターが配位結合を作らず、溶媒をはさんで電子がトンネル移動するタイプの反応。金属錯体間の酸化還元でよく見られる。再組織化エネルギーの外殻寄与が支配的で、溶媒極性や粘度に強く依存する。マーカス理論の教科書的適用例として多くの実験データが蓄積している。電極表面での電荷移動や有機半導体界面でも重要。

酸化還元電位

物質が電子を受け取る(還元)または失う(酸化)しやすさを示す電位。NHE(標準水素電極)を基準に測定される。\Delta G^0と直接関係し、電子移動反応の駆動力を決める。マーカス式では\Delta G^0が正負どちらかに大きいほど速度定数が変わるが、過剰に負にすると反転領域で遅くなる。電池や生体エネルギー変換で最適赤色還元電位の設計が不可欠。

反転領域

マーカス理論が予言した、反応自由エネルギーが大きく負になると速度が再び低下する領域。直感に反するため“反転”と呼ばれる。1980年代の光励起電子移動実験で観測され理論が実証された。高駆動力が必ずしも高速反応を保証しないことを示し、触媒や材料開発の重要な指針となる。量子効果や強結合領域では位置がシフトすることが理論的に報告されている。