2011年ノーベル化学賞

受賞理由

準結晶の発見

受賞者

ダン・シェヒトマン
ダン・シェヒトマン

イスラエルイスラエル, アメリカ合衆国アメリカ合衆国

解説

私たちが見る雪の結晶や塩の粒は、原子がきちんと並んだ「結晶」です。科学の教科書では、結晶の形は三角形や四角形、六角形のように決まった繰り返しだけだとされていました。しかしシェヒトマン博士は金属を急に冷やす実験で、そのルールを破る「準結晶」を発見しました。準結晶では、原子が五角形のタイルを組み合わせたように並び、図柄はきれいでも同じ模様は二度と現れません。彼の発見は、自然にはありえないと思われていた模様が実際に存在することを示し、科学の教科書を書き換えました。

関連キーワード

準結晶

準結晶は、原子配列が規則的で長距離秩序を持ちながら、格子平行移動による周期性を欠く固体である。電子線やX線によって観測すると、鋭いブラッグピークが現れ、十回対称や十二回対称など従来禁じられた回折対称性を示す。その構造は、高次元超空間の周期格子を物理空間に射影する「cut-and-project」手法で記述できる。準結晶は硬度、低摩擦、低熱伝導率、擬ギャップによる電気抵抗の増大など、特殊な物性を示し工業応用が進む。化学組成としてはAl-Mn, Al-Cu-Fe, Zn-Mg-Ho など多元素系で見いだされ、自然界の隕石中にも存在が報告されている。

五回対称性

五回対称性とは、図形や構造を72度回転させると元と同じ配置になる対称性である。立方体や六角形結晶では許されないため、長らく結晶学では存在しないと考えられていた。準結晶の発見により、五回対称軸を持つ物質が実在し、原子がペンローズタイル状に配置されることが示された。五回対称性はサッカーボールのパターンのように正12面体にも現われ、自然界ではウイルス外殻にも見られる。この概念は、美術や建築においても装飾パターンとして利用され、数学と芸術の橋渡しを行う。

ペンローズタイリング

ペンローズタイリングは、数学者ロジャー・ペンローズが考案した2種類のタイルだけで作れる非周期モザイクである。太い菱形と細い菱形を黄金比の長さ比で組み合わせると、パターンは無限に続くが決して同じ領域は繰り返さない。このタイル配置から得られる回折像は、準結晶の十回対称ピークと対応し、原子配列モデルの基礎となった。ペンローズタイリングはトポロジー、準結晶理論、計算アルゴリズムなど多岐にわたり応用されている。中世イスラム建築のギリフ文様にも類似の図形が存在し、文化史と現代科学をつなぐ題材となっている。

準周期性

準周期性は、複数の周期が重なり合い、長い範囲では規則的だが厳密な反復を持たない配列を指す。典型例として、正弦波を互いに無理数比の周波数で重ねたリサジュー図形が挙げられる。準結晶の原子配列は高次元周期格子の射影により準周期関数として表され、ブラッグピークが離散的に現れる。準周期性は物理学におけるエネルギーバンドの開き方や電子局在など新奇な現象を引き起こす。天文学、音楽理論、生物リズムなどにも見られ、複雑系の階層的秩序を理解する鍵概念である。

回折パターン

回折パターンとは、光や電子、X線などの波が規則的構造と相互作用して生じる干渉強度分布を指す。結晶では周期格子により鋭いブラッグ反射が現れ、格子定数や対称性を決定する手がかりとなる。シェヒトマンが得た十回対称回折パターンは、従来の結晶理論で禁じられた回転対称性を示し、準結晶の存在を示唆した。回折パターン解析にはフーリエ変換が用いられ、実空間の原子配置と逆空間のピーク位置の対応が議論される。現在では、電子後方散乱回折や高エネルギーX線回折を用いることで、複雑合金の局所構造解析が高精度で行える。

黄金比

黄金比(φ ≈ 1.618)は、a:b = b:(a+b) を満たすときの比例で、古代から美の尺度とされてきた。ペンローズタイリングでは太い菱形と細い菱形の辺の比が黄金比に従い、非周期的で調和の取れた模様を生み出す。準結晶の原子間距離やクラスター直径の比も黄金比に関連し、構造の自己相似性を支えている。数学的にはフィボナッチ数列の隣接項比が黄金比へ収束し、準周期性の長さスケールを与える。芸術、建築、自然界の植物配列などでも現れ、科学と美学を結ぶ象徴的な定数である。