2018年ノーベル化学賞(1)
受賞理由
酵素の指向性進化法の開発
受賞者
アメリカ合衆国
解説
生き物の体の中には「酵素」という小さな道具があり、レゴブロックのように材料を組み立てたり切り離したりしてくれます。アーノルドさんは、この酵素を“理科の実験室で進化させる”方法を考えました。遺伝子に少しずつキズ(突然変異)を入れて、いちばん働き者の酵素を選び取るのです。こうして生まれた新しい酵素は、薬や環境にやさしい燃料づくりに大活躍しています。まるで植物が太陽の力を利用するように、人間も自然の力を借りて化学を進められるようになったのです。
関連キーワード
指向性進化
自然選択を実験室で再現し、ランダム変異と選抜を数サイクル繰り返して高性能タンパク質を得る技術。短期間で数万年分の進化を実現できる点が特徴。酵素だけでなく抗体やRNAにも応用される。変異導入法、ライブラリ多様性、スクリーニング系が成功の鍵となる。近年は機械学習との融合が進み、探索空間の効率化が図られている。
酵素
タンパク質から成る生体触媒で、温和な条件下で化学反応速度を飛躍的に高める。高度な立体選択性と基質特異性を備える。医薬品製造や食品加工で既に広く利用される。指向性進化により非天然反応をも触媒できるようになった。環境負荷低減と省エネルギー化の切り札として注目される。
ランダム変異導入
error-prone PCRやUV照射などでDNA配列に無作為な置換・挿入・欠失を起こす手法。多様な変異体ライブラリを創出し、指向性進化の第一ステップを担う。変異率が高すぎるとフレームシフトやフォールディング障害が増えるため最適化が必要。近年は合成遺伝子とサチュレーション変異でより精密な制御が可能になった。組換え効率と表現型多様性のトレードオフが研究テーマとなっている。
タンパク質工学
タンパク質の構造・機能を改変し、新しい触媒や材料を創出する学際領域。理 rational 設計と進化的アプローチが併用される。構造生物学・計算化学・合成生物学の融合で急速に進展。応用例として超耐熱性リパーゼや光応答性イオンチャネルがある。医療・エネルギー・ナノテクなど多方面にインパクトを及ぼす。
バイオ燃料
植物や微生物が作る糖や油を原料にした再生可能エネルギー源。指向性進化で改良された酵素はセルロース分解やイソブタノール合成を高速化し、コストとエネルギー投入を削減。温室効果ガス排出量の低減が期待される。航空機用ジェット燃料への展開も研究中。食料と競合しない原料の確保が課題となる。
バイオ触媒
生体由来の触媒(酵素や全細胞)を用いて化学反応を行う技術。温和な条件と高い選択性が利点。指向性進化により触媒寿命や溶媒適応性が向上。キラル医薬の不斉合成やプラスチックのモノマー製造に応用される。ライフサイクルアセスメントで環境優位性が定量化されつつある。
サブチリシン
枯草菌由来のセリンプロテアーゼで、洗剤添加酵素としても知られる。アーノルドが初期に指向性進化を施し、有機溶媒でも機能する変異体を創出した。構造はβバレル中心部に活性部位Ser221を持つ。安定性・溶媒適応性・基質範囲の改変モデルとして頻繁に研究される。工業規模のペプチド合成にも応用例がある。
環境に優しい化学
有害物質の使用・生成を最小限に抑え、エネルギー効率の高い化学プロセスを目指す分野。生体触媒は水系溶媒や低温条件で高収率を達成でき、グリーンケミストリーの重要ツールとされる。指向性進化はバイオ触媒の弱点である安定性の低さや狭い基質範囲を克服。国際的な12原則に合致したプロセス設計が推進されている。政策的にはSDGsやカーボンニュートラル目標と密接に関連。
DNAシャッフリング
複数の遺伝子断片を切断・再結合してモザイク遺伝子を作り、親株間の有利な変異を一度に集積する方法。自然界の組換え(交配)を試験管内で再現し、適応曲線の“谷”を飛び越えやすくする。ステマーの発明で指向性進化の効率が劇的に向上。近年はin vitro遺伝子合成と組み合わせた多元リシャッフルが主流。情報解析には次世代シークエンスを用いた系統樹推定が活用される。
産業酵素
食品、洗剤、繊維、医薬、バイオ燃料などの製造工程で大量に使用される酵素。売上は世界で数十億ドル規模。指向性進化により耐熱性・pH耐性・溶媒耐性が強化され、市販製剤の性能が飛躍的に向上した。知的財産の集中が激しく、特許マネジメントが重要。持続可能な産業の鍵となるバイオベース経済を支えている。