2018年ノーベル化学賞(2)

受賞理由

ペプチドおよび抗体のファージディスプレイ法の開発

受賞者

グレゴリー・ウィンター
グレゴリー・ウィンター

イギリスイギリス

ジョージ・P・スミス
ジョージ・P・スミス

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

解説

ファージはバクテリアに感染する小さなウイルスです。研究者はファージの表面に色々な“くっつく手”をつけ、ほしい物質にぴったりくっつくファージだけを選び出すことに成功しました。この“くっつく手”が病気を止める特別な抗体になると、薬として人を助けられます。ウィンターさんとスミスさんの方法で作られた抗体は、リウマチやがんの治療に使われています。まるで大量の鍵の中から、ぴったりの鍵を探すゲームを速く簡単にできるようにしたのです。

関連キーワード

ファージディスプレイ

バクテリオファージの被膜タンパク質にペプチドや抗体を融合表示し、標的結合能力をもとに選抜する分子進化技術。タンパク質と遺伝子が物理的に結び付いているため、結合体を回収すれば対応する遺伝子も得られる。10^9以上の多様性を扱える点が強み。抗体医薬の開発に革命をもたらし、診断薬や酵素進化にも応用が拡大している。近年は次世代シークエンスで選抜過程のダイナミクス解析が可能となった。

バクテリオファージ

細菌に感染するウイルス。M13、T7、λなどのファージが表示系に利用される。遺伝子が小さく改変が容易で、宿主細胞内で大量に増殖するためライブラリ構築に適する。感染力と表示効率のトレードオフが設計上の課題。組換えファージはバイオセーフティーレベル1で取り扱える点も利点である。

抗体医薬

標的分子に特異的に結合して疾患を治療する抗体。1990年代後半から急成長し、世界医薬品売上トップ10の多くを占める。ファージディスプレイによる完全ヒト抗体は免疫原性が低く副作用が少ない。がん免疫療法や自己免疫疾患、ウイルス感染症など適応が広い。製造はCHO細胞での発現・精製が主流。

ペプチドライブラリー

ランダム配列や部分的に設計したペプチドを大量に集めた集合体。ファージディスプレイでは10^9規模のライブラリを容易に構築でき、酵素阻害剤や受容体リガンド探索に利用される。化学合成ライブラリより多様性が高く、選抜後に迅速に遺伝子解析が可能。高親和性やプロテアーゼ耐性向上のため、シクロ化やDアミノ酸置換の二次改変が行われる。

TNF-α

炎症を引き起こすサイトカインで、多くの自己免疫疾患の病態に関与。アダリムマブやインフリキシマブなどの抗TNF抗体が治療に用いられる。過剰なTNF-αを中和すると関節リウマチや潰瘍性大腸炎の症状が改善。感染症リスク増加という副作用があるため投与管理が重要。ファージディスプレイで得られた抗体は完全ヒト型である点が特徴。

アダリムマブ

世界初の完全ヒト抗体医薬として2002年に承認された抗TNF-α抗体。ウィンターらのファージディスプレイ技術により開発され、商品名ヒュミラで販売。リウマチ、乾癬、クローン病など幅広い適応を持つ。年間売上が1兆円を超える大型医薬。バイオシミラーの登場で市場構造が変化しつつある。

ヒト化抗体

マウス由来抗体のCDRだけをヒト抗体骨格に移植し、免疫原性を低減した抗体。ファージディスプレイ以前は主流だったが、完全ヒト抗体の登場で比率は低下。しかし特許回避や結合特性維持のため現在も利用される。in silico最適化と並行して逆ヒト化(de-immunization)技術が進展。機能性糖鎖制御との組み合わせで効果をさらに高められる。

分子進化

分子レベルでの進化的変化を実験的または計算的に研究・応用する分野。ファージディスプレイや指向性進化、SELEXなどが代表手法。生物学の進化理論を化学・材料・医学分野に転用し、新規機能分子を創出する。適応ランドスケープの形状やエピスタシス解析がホットトピック。進化の予測可能性に関する研究も活発。

自己免疫疾患

免疫系が自己組織を攻撃する疾患群。リウマチ、1型糖尿病、SLEなどが含まれる。サイトカインや共刺激分子を標的とする抗体医薬が治療の主流になりつつある。ファージディスプレイで得た抗体は特異性が高く副作用が少ない。バイオマーカー探索や個別化医療の進展が期待される。

がん免疫療法

患者自身の免疫系を活性化し、腫瘍を攻撃させる治療法。PD-1/PD-L1やCTLA-4を標的とする免疫チェックポイント抗体が代表例。ファージディスプレイで高親和性scFvを取得し、CAR-T細胞やバイスペシフィック抗体に応用されている。耐性機構や副作用(サイトカインストーム)の制御が課題。腫瘍微小環境の理解と組み合わせ治療が鍵を握る。

同年の他の受賞業績