1932年ノーベル物理学賞

受賞理由

量子力学の創始ならびにその応用、特に水素の同素異性体(同素異形)の発見

受賞者

ヴェルナー・ハイゼンベルク
ヴェルナー・ハイゼンベルク

ドイツ国ドイツ国

解説

とても小さな世界では、物質は私たちがふだん見る動きとは違うふしぎな振る舞いをします。ハイゼンベルクさんは、その「ミクロの世界」のきまりを見つけた科学者です。電子はボールのように決まった道を進むのではなく、雲のように広がっていることを示しました。彼は数字を並べた表(行列)を使って電子の動きを計算する方法を発明しました。このおかげで、原子が光を放つわけや磁石ができるしくみがわかりました。また、水素という一番軽い原子が向きの違いによって二つの姿(オルト水素とパラ水素)になることも説明できました。これらの発見は、今日のコンピュータやLEDの基礎になっています。

関連キーワード

量子力学

量子力学は原子や電子などミクロ領域の挙動を支配する基礎理論である。粒子は波動関数で表され、結果は確率として解釈される。不連続なエネルギー準位やトンネル効果、量子干渉など独特の現象を説明する。行列力学・波動力学・経路積分など複数の形式が等価で存在する。現代の化学、半導体工学、核磁気共鳴、量子情報まで広範な応用を持ち、20世紀科学技術の基盤を形成した。

行列力学

行列力学はハイゼンベルク、ボルン、ヨルダンが確立した量子力学の最初の数学的形式である。観測量を時間依存行列として扱い、行列の非可換性が不確定性原理に直結する。古典ポアソン括弧と量子交換子の対応により、古典極限への滑らかな遷移が保証される。分光データを直接入力でき、実験との比較が容易だった点が当時画期的だった。現在はハイゼンベルク描像として場の量子論や量子制御理論へ応用されている。

不確定性原理

位置と運動量、エネルギーと時間など特定の物理量の同時測定精度にはℏ/2で与えられる下限が存在する。これは測定装置の不完全さではなく、自然界の本質的制限である。行列交換子[q,p]=iℏから数学的に導かれ、量子スケールでの確率的振る舞いを要請する。不確定性原理はレーザー冷却の最低温度や顕微鏡の分解能限界を規定する。量子暗号や重力波検出における“標準量子限界”の概念にも直結している。

同素異形の水素

二原子分子H₂は核スピンが平行なオルト水素(総スピンI=1)と反平行なパラ水素(I=0)の二形をとる。統計的重みの違いから低温ではパラ水素が優勢になり、気体の比熱や回転スペクトルに影響する。ハイゼンベルクは行列力学を用いて、この二形性と回転準位の選択則を理論的に説明した。オルト‐パラ変換は触媒や貯蔵技術で重要で、液体ロケット燃料の冷却効率にも関わる。天文学では星間分子雲の温度指標として観測利用される。

観測可能量(オブザーバブル)

量子力学では、実際に測定できる物理量をオブザーバブルと呼び、数学的にはエルミート演算子で表す。固有値は測定結果の可能な値を与え、固有状態は測定後の系の状態を示す。行列力学ではオブザーバブルは行列要素を通じて時間発展し、ハイゼンベルク方程式で支配される。可観測量同士の交換子がゼロでない場合、同時に値を定めることはできない。不確定性関係や量子相関の議論は、オブザーバブルの代数構造に深く結びついている。

スペクトル線

スペクトル線は原子や分子がエネルギー準位間で遷移するときに放射または吸収する光の波長を示す。量子力学は離散的な準位構造を与えることで線の位置を定量的に予言する。ハイゼンベルクの行列力学は周波数条件ν_{mn}= (E_m−E_n)/hを明示的に組み込み、強度計算にも成功した。スペクトル線解析は元素の同定、天体の化学組成、レーザー設計に欠かせない。現在は高精度測定が基礎物理定数の決定や時間標準の確立にも利用される。