1982年ノーベル物理学賞

受賞理由

相転移に関連した臨界現象に関する理論(Phys. Rev. B 4, 3174-3183 (1971); Phys. Rev. B 4, 3184-3205 (1971); Phys. Rev. Lett. 28, 240-243 (1972); Phys. Rev. Lett. 28, 548-551 (1972); Phys. Rep. 12, 75-199 (1974); Rev. Mod. Phys. 47, 773-840 (1975))

受賞者

ケネス・ウィルソン

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

解説

氷が水になるときや、とうふが固まるときなど、物の姿がガラリと変わることを「相転移」といいます。ケネス・ウィルソンさんは、この変わり目のすごく不思議な様子を説明する新しい考え方を作りました。変わり目では、水や磁石の中で小さな粒が遠くの仲間と急に同じ動きをすることがわかりました。ウィルソンさんは、大きなものを少しずつ小さく分けて調べる「拡大と縮小のルーペ」のような方法で、この秘密を解き明かしました。そのおかげで、どうして氷がいきなり溶けたり、磁石が急にくっつかなくなるのかが、今ではみんなにわかるようになりました。

関連キーワード

臨界現象

臨界現象とは、物質が相転移点に極めて近づいたときに示す特有の振る舞いを指します。例えば磁石の自発磁化が突然ゼロになる、液体と気体の境界が消えるなどがその例です。臨界点では相関長が無限大に発散し、系のあらゆるスケールが結び付けられます。その結果、物質の種類に依存しない普遍的な指数やスケーリング関係が現れます。ウィルソンの理論は、この普遍性がスケール変換に対する固定点の存在から生じることを明確にしました。

相転移

相転移は、物質が温度や圧力の変化に伴って相(固体、液体、気体、磁性の有無など)を劇的に変える現象です。転移には潜熱を伴う1次相転移と潜熱を伴わない連続相転移があり、臨界現象は後者で生じます。連続相転移では秩序パラメータが滑らかにゼロへ近づき、系の自由エネルギーの微分が発散します。ウィルソンのRGはこの発散を解析的に扱い、臨界指数を予言しました。現在では量子相転移やトポロジカル相転移など、拡張概念にも応用されています。

レンormalization group

レンormalization group(RG)は、物理系を異なる長さスケールで順次観測し、それに伴うパラメータの変化を追跡する数学的手法です。もともとは量子電磁気学の無限大問題を整理するために考案されました。ウィルソンはこの概念を統計物理に導入し、空間の粗視化と再スケーリングという二段階を反復する形式で定式化しました。RG 流方程式は β 関数として表され、固定点はスケール不変な物理を意味します。固定点近傍の線形化から普遍指数が算出できるため、異なる物質に共通する挙動を説明できます。さらに RG は素粒子の漸近的自由、界面成長、経済モデルなど多岐にわたる領域に応用されています。

臨界指数

臨界指数は、温度差や外場などの制御変数を臨界点へ近づけたとき、物理量がどのようなべき乗で発散または減衰するかを表す数値です。例えば磁化の指数 β、相関長の指数 ν、比熱の指数 α などが代表的です。実験的に測定された指数が物質の種類を越えて一致する事実は、普遍性の最も強い証拠となっています。ウィルソンの RG は指数を ε 展開や高次補正で計算し、実験結果と精度良く一致させました。この成功により RG は理論と実験を橋渡しする不可欠なツールとなりました。

スケーリング則

スケーリング則は、臨界点近傍で物理量が長さスケールのみに依存する単純なべき乗形式をとるという経験則です。フィッシャーとワイドマンらにより導かれた静的スケーリング、ダイナミックスケーリングなどが有名です。スケーリング仮設からジョセフソンの関係式やラッシュブローの式など、複数の臨界指数間の等式が導かれます。ウィルソンの RG は、スケーリング則が固定点の存在から必然的に生じることを示し、その背後にある対数補正や非線形効果も解析しました。今日では生命現象や都市の成長など、複雑系の解析にもスケーリングの概念が応用されています。

相関長

相関長は、系の中で2点のゆらぎが有意に関連し合う距離の指標で、臨界点では無限大に発散します。磁石であれば、あるスピンの向きがどれだけ離れたスピンに影響するかを示します。相関長の発散が系をスケール不変にし、普遍的挙動を引き起こします。実験では中性子散乱や光散乱で測定され、臨界指数 ν の決定に使われます。ウィルソン理論は相関長を RG 流の relevant パラメータとして位置づけ、その温度依存性を ν = 0.63 など具体的数値で予言しました。

イジング模型

イジング模型は各格子点に二値スピンを置き、最近接相互作用のみを考慮した最も単純な強磁性モデルです。二次元では解析解があり、三次元以上では数値シミュレーションが活躍します。ウィルソンはイジング模型を RG のテストベッドとして用い、理論と数値の比較で方法の有効性を示しました。イジング臨界点は Z2 対称性を共有する多くの実系のユニバーサリティークラスを代表します。また、社会学的意志決定や情報伝播など、非物理分野にも応用例が広がっています。

有効場理論

有効場理論(EFT)は、あるエネルギー・長さスケール以下の自由度のみを顕在化させ、高エネルギー効果を結合定数に吸収する理論構築法です。ウィルソンの RG は EFT の概念を自然に導き、スケールを下げるたびにラグランジアンに許される全演算子が現れることを示しました。これにより、物理は“全てのものが重要”ではなく、“スケールに応じて重要度が変わる”ことが理解されました。素粒子では Fermi 弱作用、冷原子では接触相互作用など、数多くの EFT が成功しています。EFT は不確定性を系統的に制御できるため、複雑系の予測精度を飛躍的に高める道具となっています。