2007年ノーベル物理学賞
受賞理由
巨大磁気抵抗(GMR)の発見。代表論文: M.N. Baibich ら, Phys. Rev. Lett. 61 (1988) 2472–2475(Fert グループ)および G. Binasch ら, Phys. Rev. B 39 (1989) 4828–4830(Grünberg グループ)。
受賞者
フランス
ドイツ
解説
パソコンや音楽プレーヤーの中には、小さな金属の円盤(ハードディスク)があり、磁石の向きを使って情報をしまっています。フェールさんとグリューンベルクさんは、とても薄い金属の重ね合わせを作り、磁石の向きが変わると電気の流れやすさが大きく変わることを見つけました。これは信号機の色が変わると車の流れが一気に変わるようなイメージです。彼らはこの効果を「巨大磁気抵抗」と名付けました。巨大磁気抵抗のおかげで、弱い磁石でもはっきり情報を読み取れるため、ハードディスクをとても小さくできました。ポケットに入る音楽プレーヤーや軽いノートパソコンを使えるのは、この発見のおかげです。
関連キーワード
巨大磁気抵抗
巨大磁気抵抗(GMR)は、二つ以上の強磁性層の磁化方向が平行か反平行かによって電気抵抗が大きく変わる現象です。変化率は数十%に達し、従来の異方性磁気抵抗より一桁以上大きい値を示します。電子スピンの散乱が磁化配置に依存することが本質的メカニズムです。この高感度特性により、弱い磁場でも情報を正確に読み取ることが可能になりました。ハードディスク、車載センサー、医療機器など多様な応用が実現しています。
スピントロニクス
スピントロニクスは電子の電荷だけでなくスピンを情報の担い手として利用する電子工学の新分野です。GMR の発見が実用的なスピンデバイスの第一号となり、研究を大きく加速させました。スピンを操作できればエネルギー効率の高いメモリや論理素子を作ることができます。TMR、スピントランスファートルク、スピンホール効果など多様な現象が応用候補です。量子情報処理や脳型計算への応用も期待されています。
電子スピン
電子スピンは電子が持つ量子力学的な角運動量で、上向きか下向きの二つの状態を取ります。この性質は小さな磁石の N 極と S 極に相当し、磁場との相互作用を生み出します。金属中ではスピン方向によって散乱確率や伝導経路が異なります。GMR や TMR などのスピントロニクス現象は、このスピン依存伝導を巧みに利用しています。情報を 0 と 1 の二値ではなくスピンの量子状態で符号化する次世代デバイスも研究されています。
ハードディスク読み取りヘッド
読み取りヘッドはハードディスク表面を走査し、磁区の向きを電気信号に変換する部品です。GMR 技術以前は主に誘導コイルや AMR センサーが用いられていました。GMR ヘッドは感度が高いため、磁区を小さくしても信号が十分に得られ、記録密度を大幅に向上できます。1997 年に初の GMR ヘッドが出荷されて以降、面記録密度の年平均成長率は約 40%に達しました。現在は TMR(磁気トンネル接合)ヘッドが主力ですが、原理的基盤は GMR にあります。
磁性多層膜
磁性多層膜は数 Å〜数 nm の厚さで磁性層と非磁性層を交互に積層した人工構造です。原子レベルの制御により、バルク材料では得られない新しい磁気特性を実現できます。GMR、スピンバルブ、交換バイアスなど多くの現象はこの構造に依存します。薄膜成長技術として分子線エピタキシーやスパッタリングが広く用いられています。スピン波素子やトポロジカル磁性体の研究でも多層膜は欠かせません。
スピンバルブ
スピンバルブは二つの強磁性層の間に薄い非磁性層を挟んだ構造で、一方の磁化を固定し他方を自由にすることで磁場センサーとして機能します。固定層には反強磁性層による交換バイアスがよく使われます。磁場が加わると自由層の磁化が回転し、層間の平行・反平行状態が切り替わり抵抗が変化します。GMR スピンバルブは読み取りヘッドの中心素子として採用されました。同じ概念は TMR スピンバルブやスピントルク発振器にも応用されています。
異方性磁気抵抗
異方性磁気抵抗(AMR)は 1857 年にケルヴィン卿が報告した古典的効果で、電流方向と磁化の角度に応じて抵抗が数%変化します。GMR が登場するまでは磁気センサーの主流技術でした。AMR はバルク鉄など単層フィルムでも発生し、製造が容易という利点があります。感度は GMR や TMR より低いため、現在は低コスト用途で使われることが多いです。GMR の大きさを理解する比較対象としても重要です。
トンネル磁気抵抗
トンネル磁気抵抗(TMR)は二つの強磁性層の間に絶縁体を挟んだトンネル接合で現れるスピン依存抵抗効果です。障壁が薄いと電子が量子トンネルで通過し、その確率がスピン配置に強く依存します。TMR の抵抗変化率は室温でも 100% を超えることがあり、最新のハードディスク読み取りヘッドや MRAM に用いられています。材料として MgO 障壁と CoFeB 電極が代表的です。GMR と同様にスピンバルブ概念を踏襲しており、スピントロニクスの重要な柱となっています。
ナノテクノロジー
ナノテクノロジーは 1〜100 nm のスケールで物質を制御し、新しい機能を引き出す技術分野です。GMR はナノメートル厚の膜を正確に作製できたことが発見の前提となりました。原子層レベルの精度は、量子力学的効果が顕著になる領域で新しい物性を得る鍵です。同じ概念は量子ドット、ナノワイヤ、2 次元材料にも広がっています。医療やエネルギーなど他分野でもナノテクは不可欠な役割を果たしています。
スピン依存散乱
スピン依存散乱は、電子が格子欠陥や界面で散乱される確率がスピン方向によって異なる現象です。磁性体では多数派スピンと少数派スピンの電子状態密度が異なり、散乱ポテンシャルも異なります。GMR や TMR の抵抗変化はこの差に起因しています。界面粗さや合金化は散乱強度を調整する手段となります。スピン緩和時間やスピン流の損失を議論する際にも重要な概念です。