2013年ノーベル物理学賞

受賞理由

1964年に提唱された、素粒子に質量を与えるブロウト=アングレール=ヒッグス(BEH)機構の理論的発見と、その後CERNのATLAS・CMS実験によるヒッグス粒子の検証により、質量の起源を解明した業績。対象となった主要論文は Phys. Rev. Lett. 13 (1964) 321(Englert & Brout)、Phys. Rev. Lett. 13 (1964) 508(Higgs)、Phys. Rev. 145 (1966) 1156(Higgs)。

受賞者

フランソワ・アングレール
フランソワ・アングレール

ベルギーベルギー

ピーター・ヒッグス
ピーター・ヒッグス

イギリスイギリス

解説

私たちの身の回りの物はすべて小さな粒でできています。粒には重さ(質量)があるため、リンゴは机の上にとどまります。しかし昔の科学者は、その重さがどこから来るのか分かりませんでした。アングレールさんとヒッグスさんは、宇宙全体を満たす見えない「ヒッグスの海」が粒に重さを渡すと考えました。2012年、CERNでその海のさざ波であるヒッグス粒子が見つかり、ふたりの考えが正しいと確かめられました。

関連キーワード

ヒッグス粒子

ヒッグス粒子はヒッグス場の量子励起として現れるスカラー粒子である。2012年にCERNのATLASとCMS実験が質量約125GeV/c²の候補を発見した。スピン0で電荷を持たないため、崩壊生成物の分布や量子数の測定が重要な検証となった。ヒッグス粒子の結合強度は各種粒子の質量に比例すると標準模型は予測する。精密測定は新物理の影響を探る感度の高い窓を提供している。

質量の起源

素粒子の質量は単純に重さを量るだけでは説明できない。フェルミオン質量はヒッグス場とのユカワ相互作用に由来し、ゲージボソン質量はヒッグス場の真空期待値によって生じる。核子質量の大部分はQCDの結合エネルギーに起因し、起源は一様ではない。BEH機構は電弱領域での質量生成を統一的に説明する枠組みを与える。質量の起源の研究は宇宙史と物質の安定性理解の基盤である。

素粒子標準模型

標準模型は強い力・弱い力・電磁気力をゲージ理論として統一する枠組みである。対称性群 SU(3)_C×SU(2)_L×U(1)_Y を持ち、17種類の既知の素粒子を含む。BEH機構により電弱対称性が破れ、W,Zボソンとフェルミオンに質量が与えられモデルが完成した。重力や暗黒物質、ニュートリノ質量などは依然として標準模型の外にある課題である。加速器実験は数十年にわたり標準模型の精密検証を続けている。

自発的対称性の破れ

自発的対称性の破れは、理論が持つ対称性が真空状態では保たれない現象を指す。強磁性体や結晶など多くの物理系で見られる普遍的メカニズムである。BEH機構ではヒッグス場が非零の真空期待値を取り電弱対称性が破れる。Nambu–Goldstone定理で現れる質量ゼロモードはゲージボソンに吸収され質量を与える。宇宙初期の相転移や新しい物質相の理解にも重要な概念である。

BEH機構

BEH機構は1964年に独立に提案され、ゲージ場が質量を得る方法を示した。メキシカンハット型ポテンシャルを持つスカラー場が真空期待値を取り、ゲージ対称性が隠れて残る。生成されたゴールドストンモードはゲージボソンに取り込まれW,Zの質量項となる。残るスカラー自由度がヒッグス粒子として検出されることが理論検証の鍵だった。機構は高エネルギー散乱のユニタリティと理論の繰り込み可能性を保証する。

CERN大型ハドロン衝突型加速器

LHCはスイスとフランスの国境地下に建設された周長27kmの円形加速器である。陽子や鉛イオンを最高14TeVの中心質量エネルギーで衝突させる。ATLASやCMSなど複数の検出器が数千万回毎秒の衝突事象を観測する。2010〜2012年のRun1データでヒッグス粒子が発見された。高輝度アップグレードにより統計が10倍に増え、希少過程の探索能力が向上する予定である。

ATLAS実験

ATLASは全長46m、重量7000トンの汎用検出器でLHCの主要実験である。多層のシリコントラッカーやカロリメータ、ミューオン検出器で粒子を高精度で再構成する。ヒッグス発見ではγγとZZ*→4ℓチャネルで決定的証拠を示した。高速トリガーシステムが1秒あたり10億事象を数十万事象に絞り込む。ATLASは新粒子探索や暗黒物質研究でも重要な役割を担う。

CMS実験

CMSは強力な超伝導ソレノイド磁石を中心に設計され、重量は約1万4000トンに達する。3.8テスラの磁場と高分解能シリコンピクセル検出器、結晶カロリメータにより光子と電子の測定に優れる。ヒッグス発見でCMSはATLASと独立に一致する信号を確認し、統計的確度を向上させた。現在も精密測定と新物理探索を並行して進めている。高輝度LHC期にはデータ量が飛躍的に増え、希少崩壊の解析が可能になる。

ゲージ対称性

ゲージ対称性は理論が局所的な位相変換に対して不変であることを要求する原理である。これにより電荷や色などの保存量が導かれ、相互作用を媒介するゲージボソンが出現する。質量項は対称性を直接破るためゲージボソンを質量ゼロに固定する。BEH機構は自発的対称性の破れを利用し、対称性を保ったままゲージボソンに有効質量を与える。ゲージ対称性は量子繰り込みの整合性も保証し、場の理論に不可欠である。

電弱相互作用

電磁気力と弱い力は高エネルギーで1つの電弱力に統一される。ゲージ群 SU(2)_L×U(1)_Y がその数学的枠組みを提供する。ヒッグス場が真空期待値を得ると対称性が破れ、光子は質量ゼロのまま残るがW,Zボソンは重くなる。理論はW,Z質量や弱混合角など多くの観測値を正確に予測してきた。精密電弱テストは新物理を間接的に探る重要な手段である。