1914年ノーベル生理学・医学賞
受賞理由
内耳系の生理学および病理学に関する研究
受賞者
オーストリア=ハンガリー帝国
解説
人が立ったり走ったりしても転ばないのは、耳の奥にある「前庭(ぜんてい)」という小さな器官が体の傾きを感じ取ってくれているからです。バーラーニ博士は、耳の中に冷たい水や温かい水をそっと入れる実験をして、この前庭がどう働くのか調べました。そのとき人の目がくるくる動く現象(眼振〈がんしん〉)を見つけ、脳が回転や揺れを感じる仕組みを説明しました。これは遊園地のコーヒーカップに乗ったとき頭がふらふらする理由を解き明かす研究でもありました。彼の発見のおかげで、お医者さんはめまいの原因を調べる検査ができるようになりました。飛行機のパイロットが安全に飛ぶための訓練にも役立っています。
関連キーワード
前庭器官
内耳の半規管と耳石器から構成され、身体の回転・直線加速度を検知する感覚システムである。半規管は三次元の回転運動を、耳石器は重力と直線加速度を捉える。感覚毛がリンパ液や耳石の動きによって変位し、機械刺激が電気信号に変換される。信号は前庭神経を通じて脳幹・小脳へ伝達され、眼球運動や姿勢反射を即時に調節する。バーラーニの研究は、この器官の機能評価法を世界で初めて体系化し、臨床検査へ応用した。
半規管
左右各三本ずつ存在し、互いに直交する骨管構造で回転加速度を検知する。内部のクプラと呼ばれるゼラチン膜上に感覚毛が生え、リンパ液が流動すると毛が倒れて興奮・抑制が生じる。水平半規管は主に左右の回旋を、前後・後半規管は縦方向の回転を検知する。バーラーニは温度差によるリンパ対流でこの流動を人工的に作り出し、各半規管の応答を検証した。今日のENGや回転椅子試験は彼の方法論を基礎としている。
耳石器
卵形嚢と球形嚢から成り、炭酸カルシウムの結晶(耳石)が寒天質内に埋まっている。頭部の傾きや直線加速度が生じると耳石の慣性で寒天質がずれ、下にある感覚毛が屈曲して電位が変化する。耳石器は重力方向を基準とした姿勢制御に不可欠で、加速度エレベータや自動車の発進時に感じる体の沈み込み感覚を生む。機能障害が起こると浮遊耳石が半規管に入り込み、良性発作性頭位めまい症を引き起こす。バーラーニの解析がその病態解明の足掛かりとなった。
カロリックテスト
外耳道に37 °Cより低いまたは高い水・空気を注入し、温度勾配による内リンパの対流を利用して半規管を刺激する検査法。冷水では眼振が反対側へ、温水では同側へ向く“COWS”法則が知られる。左右差や持続時間の解析で、末梢前庭障害と中枢障害の鑑別が可能。実施が簡便で設備を要さないため、世界中の臨床現場で標準検査とされる。1914年のバーラーニの論文がその原理を初めて詳細に記述した。
眼振
眼球がゆっくり動いた後に素早く跳ね戻る往復運動で、前庭眼反射や脳幹回路の働きを映し出す。生理的には回転運動や温度刺激で起こるが、病的には脳幹・小脳病変、薬物中毒でも見られる。バーラーニは眼振の方向・強度・持続時間を定量化し、半規管ごとの対称性を検証した。眼振ビデオ解析は現在の赤外線眼振計やVOG技術に継承されている。眼振のパターン解析はめまい鑑別診断や航空宇宙医学での空間識失調評価に不可欠である。
内耳
鼓膜の奥に位置し、蝸牛(聴覚)と前庭器官(平衡覚)から構成される複雑な骨迷路・膜迷路系である。蝸牛は音波振動を電気信号へ変換し、聴神経を介して大脳皮質へ伝える。前庭器官は三半規管と耳石器があり、体の位置や動きを感知して姿勢制御へ反映する。内耳は周囲を硬い骨で囲まれ血流も限られるため、虚血や感染による障害が回復しにくい。バーラーニの仕事は内耳疾患の機能的検査を確立し、臨床耳科学の発展を促した。
平衡感覚
視覚・前庭感覚・体性感覚の統合により、重力下で身体の姿勢や動きを正確に把握する感覚。前庭系が加速度情報を、視覚が空間情報を、足裏や筋紡錘が接地・筋緊張情報を提供し、脳幹・小脳で統合される。バーラーニの研究は、この統合過程の一端を実験的に切り分け、前庭入力の寄与を定量化した。高齢者の転倒予防やVR酔い対策など、現代社会の課題解決にも応用される知見である。バランスが崩れる病態を理解する上で不可欠な基礎概念となっている。
前庭神経炎
ウイルス感染などで前庭神経が炎症を起こし、突然の激しい回転性めまいと嘔気を引き起こす病態。聴力は保たれるが、片側前庭機能が急性に低下するため水平眼振と平衡失調が生じる。カロリックテストや回転椅子試験で患側の反応低下が確認される。リハビリにより反対側の代償が進むと症状は軽快するが、慢性期に浮動感が残る例もある。バーラーニの検査法が本疾患の診断基準を確立する上で決定的役割を果たした。