1936年ノーベル生理学・医学賞

受賞理由

神経刺激の化学的伝達に関する発見

受賞者

ヘンリー・ハレット・デール
ヘンリー・ハレット・デール

イギリスイギリス

オットー・レーヴィ
オットー・レーヴィ

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

解説

人の体には電線のような細い糸「神経」があり、脳からの信号を手や足に届けています。1936年、デールとレーヴィは信号が神経の中をただ電気のように走るだけでなく、神経と神経のすき間で「アセチルコリン」という液体の物質がバトンを渡していることを発見しました。これは手紙をポストに入れるように、物質を使ってメッセージを渡す仕組みです。この仕組みを「化学伝達」と呼びます。おかげで、どうして私たちの心臓がドキドキしたり、手が動いたりするのかわかるようになり、病気を治す薬作りにも役立っています。

関連キーワード

シナプス

シナプスは神経細胞同士、あるいは神経細胞と筋細胞などが情報を受け渡す接合部です。細胞膜同士はくっつかず、数十ナノメートルのシナプス間隙が存在します。終末側には小さな膜小胞が詰まっており、活動電位が来るとカルシウム流入によってこれらが融合して神経伝達物質を放出します。受容側には各伝達物質に特異的な受容体タンパク質が並び、結合後にイオン流や細胞内シグナルを引き起こします。シナプスは可塑性を持ち、学習や記憶の基盤となることでも知られています。

アセチルコリン

アセチルコリンはコリンとアセチルCoAから合成される最初に発見された神経伝達物質です。副交感神経や骨格筋を支配する運動神経など、多くの末梢シナプスで放出されます。中枢では基底前脳などに存在し、注意や覚醒を制御します。コリンエステラーゼにより数ミリ秒で分解されるため、シグナルのオンオフが鋭いのが特徴です。アルツハイマー病ではこの物質を出すニューロンの減少が見られ、阻害薬が治療に利用されています。

神経伝達物質

神経伝達物質はニューロンがシナプスで放出し、別の細胞に信号を伝える化学物質の総称です。アミノ酸、モノアミン、ペプチド、ガスなど多彩な分子が含まれます。放出後は再取り込みや分解酵素によって速やかに消失し、シナプスのタイミング精度を保ちます。受容体はイオンチャネル型とGタンパク質共役型に大別され、反応時間や細胞応答の幅を決定します。化学伝達概念を確立したデールとレーヴィの研究以降、数百種類の候補分子が同定されています。

ニコチン受容体

ニコチン受容体はアセチルコリンをリガンドとするイオンチャネル型受容体で、タバコ成分ニコチンで活性化されることから命名されました。骨格筋型と神経型があり、前者は筋収縮、後者は中枢の覚醒や報酬系に関与します。デールはニコチンを用いることでアセチルコリン作用を区別し、その存在を示しました。チャネルが開くとNa+とCa2+が流入し、細胞を脱分極させます。筋弛緩薬や禁煙補助薬はこの受容体を標的としています。

自律神経系

自律神経系は心拍、呼吸、消化などを無意識下で調節する神経ネットワークで、交感神経と副交感神経から成ります。デールとレーヴィの研究は、副交感神経終末でアセチルコリンが放出されることを示しました。交感神経の主な伝達物質はノルアドレナリンであり、化学伝達物質の多様性を示す好例です。自律神経の失調は高血圧や不整脈、ストレス障害など多くの病態と関連します。薬理学的に両系を選択的に操作することで、臨床治療の幅が大きく広がりました。

カエル心臓実験

レーヴィのカエル心臓実験は化学伝達の決定的証拠とされます。1匹目のカエル心臓の迷走神経を刺激し、拍動が遅くなった直後に心臓を灌流していた液を2匹目の心臓にかけると、2匹目も遅くなりました。この液体に含まれる物質が“Vagusstoff”すなわちアセチルコリンであることが後に判明します。実験は復帰可能な生体組織を使い、同一刺激を時間差で転送するという巧妙な設計でした。シンプルながら反復性が高く、多くの教科書に図入りで紹介されています。

シナプス間隙

シナプス間隙は終末側と受容側の細胞膜の間にある20〜40ナノメートル程度の空間です。ここを伝達物質分子が自由拡散でわずかマイクロ秒〜ミリ秒で通り抜けます。狭い間隙は信号を局所化し、隣接シナプスへの横漏れを最小限に保ちます。間隙には基質結合タンパク質や酵素が存在し、伝達物質の分解や再取り込みを助けます。間隙幅の変化や分子構成はシナプス可塑性の一部として研究されています。

薬理学

薬理学は薬物が生体に与える作用とその仕組みを研究する学問です。デールは薬理学的手法でアセチルコリンを解析し、タバコアルカロイドやベラドンナ抽出物を用いて受容体を分類しました。薬理学ではアンタゴニストやアゴニストを用いて生体反応を精密に切り分けます。こうした実験的アプローチは新薬開発や毒性評価の基盤になっています。現在も遺伝子編集や高分子医薬などと並び、医療イノベーションの中心的役割を担っています。

デールの原理

デールの原理は「1本のニューロンは基本的に同じ種類の神経伝達物質をすべての終末から放出する」という経験則です。デール自身は厳密な定義を示しませんでしたが、同一ニューロンの伝達特異性を強調した概念として広まりました。現在ではコトランスミッションなど例外が知られ、原理は相対的なものと理解されています。それでも神経回路の設計や遺伝子発現制御を考える上で重要な指針を提供します。シングルセルRNA解析でも、ニューロンを分類するキーとして伝達物質合成酵素の発現が使われています。

電気伝導と化学伝達

初期の神経研究では、信号が単に電気的に連続して伝わると考える「電気説」と、シナプスで化学物質が介在するとする「化学説」が対立しました。デールとレーヴィの仕事は化学説を強力に支持し、化学伝達が一般的であることを示しました。その後、ギャップ結合による電気シナプスも発見され、両説は排他的でなく補完的なものとなりました。電気伝導は高速・同期型、化学伝達は可塑性・可変型という機能的対照を成します。この二重システムは神経ネットワークの多様な時間スケールと働きを可能にしています。