1970年ノーベル生理学・医学賞

受賞理由

神経末梢部における液性伝達物質、およびその貯蔵・放出・不活化の機構に関する発見

受賞者

ベルンハルト・カッツ

イギリスイギリス

ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー
ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー

スウェーデンスウェーデン

ジュリアス・アクセルロッド
ジュリアス・アクセルロッド

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

解説

私たちの体の中では、脳からの「電気のメッセージ」が神経を通って伝わります。でも神経と神経のすき間では電気だけでは届きません。カッツさん、フォン・オイラーさん、アクセルロッドさんは、そのすき間で「伝言役」の小さな分子(神経伝達物質)が飛び交っていることを明らかにしました。伝言役は袋の中にしまわれ、必要なときに放たれ、用事が終わると片づけられるしくみになっています。これを理解したおかげで、お薬で体の動きや気分を調整できるようになりました。たとえば風邪薬や痛み止めも、このしくみをヒントに作られています。神経が正しく働くための“おしゃべり方法”を解いた賞といえます。

関連キーワード

神経伝達物質

神経細胞がシナプスで情報を渡すために放出する化学物質。アセチルコリンやノルアドレナリン、ドーパミンなどが代表例で、興奮性・抑制性・調節性など多様な作用を持つ。受容体との結合でイオンチャネルやGタンパク質経路を起動し、標的細胞の膜電位や酵素活性を変化させる。過不足は運動障害や気分障害を引き起こすため、薬理学的な調節が医療で重要になる。1970年の受賞研究は、その放出・貯蔵・不活化という一連のライフサイクルを定義した点が画期的だった。

シナプス小胞

直径約40 nmの膜で囲まれた小さな袋で、神経伝達物質を高濃度に蓄える。活動電位により終末にカルシウムが流入すると、SNARE複合体を介して膜と融合し内容物を放出する。カッツの量子説は、小胞1個が放出単位であることを示した。放出後、小胞はエンドサイトーシスで回収され再利用される。小胞輸送体(例:VAChT, VMAT2)が内容物の再充填を担う。このダイナミックな循環が高速で正確なシナプス伝達を可能にする。

再取り込み

放出された神経伝達物質を終末側が能動的に回収するプロセス。アクセルロッドはノルアドレナリンでこの経路がシグナル消失の主役であると証明した。高親和性輸送体(NET, SERT, DATなど)が膜電位とNa⁺勾配を利用して分子を細胞内へ戻す。再取り込み阻害薬(SSRIや三環系抗うつ薬)はシナプス間隙の濃度を高め、伝達を持続させる。薬理標的として重要で、乱用薬物も同じ輸送体を介して作用することが多い。

アセチルコリン

運動神経終板や副交感神経、脳内コリン作動系で使われる代表的伝達物質。カッツはカエル筋で微小終板電位を測定し、アセチルコリンの量子的放出を示した。シナプス間隙ではアセチルコリンエステラーゼによりミリ秒単位で分解される。筋弛緩薬やアルツハイマー治療薬はこの分解酵素を阻害して効果を発揮する。毒ガスのサリンも同じ酵素を阻害し、神経症状を引き起こす。

ノルアドレナリン

交感神経終末や脳stem青斑核で放出され、心拍数・血圧・覚醒レベルを制御するカテコールアミン。フォン・オイラーはその存在と生理作用を化学定量で実証した。放出後はNETにより再取り込みされ、MAOとCOMTで代謝分解される。β遮断薬やSNRIはこの経路を標的にして高血圧やうつ病を治療する。ストレス反応や注意欠陥多動性障害にも関与し、臨床研究が盛んである。

シナプス間隙

二つの神経細胞(または神経と筋肉)の間にある幅約20 nmのすき間。電気信号は直接渡れないため、化学伝達物質が拡散して橋渡しをする場となる。酵素や輸送体が配置され、伝達物質の濃度と時間を厳密に制御する。間隙の形状や成分は発達や学習で変化し、可塑性の要因となる。病原体や毒素がここを標的にすると重篤な神経症状が発生する。

モノアミン酸化酵素

ミトコンドリア外膜に存在し、ノルアドレナリンやドーパミン、セロトニンなどのモノアミンを酸化的に分解するフラビン酵素。アクセルロッドはMAO阻害剤でカテコールアミン濃度が上がることを実証し、抗うつ薬開発の礎を築いた。MAOにはA型とB型があり、選択的阻害剤は副作用を減らす目的で設計されている。パーキンソン病や高血圧治療にも応用されるが、食事性チラミンとの相互作用に注意が必要である。