1975年ノーベル生理学・医学賞

受賞理由

腫瘍ウイルスと細胞内の遺伝物質との相互作用に関する発見

受賞者

レナート・ドゥルベッコ
レナート・ドゥルベッコ

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

ハワード・マーティン・テミン
ハワード・マーティン・テミン

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

デビッド・ボルティモア
デビッド・ボルティモア

アメリカ合衆国アメリカ合衆国

解説

ウイルスはとても小さな粒で、体の細胞に入り込んで増えます。ドゥルベッコさん・テミンさん・ボルティモアさんは、がんを起こす一部のウイルスが細胞の遺伝子に自分の設計図を混ぜ込めることを見つけました。それが原因で細胞が暴れだし、がん細胞になってしまう場合があります。この仕組みがわかったことで、がんを早く見つけたり、防いだりする方法を考えられるようになりました。私たちが将来病気にならずにすむように、とても役に立つ発見です。

関連キーワード

腫瘍ウイルス

がんを誘発する性質をもつウイルスの総称。DNAウイルス(SV40、パピローマウイルスなど)とRNAウイルス(レトロウイルス系)が含まれる。宿主細胞の増殖シグナルを乗っ取り、細胞周期を持続的に刺激することで腫瘍化を引き起こす。1950年代に細胞培養技術が確立されてから集中的に研究され、がんの遺伝子学的理解を飛躍させた。現在のがんワクチンやウイルス療法の概念的基盤でもある。

レトロウイルス

一本鎖RNAゲノムをもち、逆転写酵素でRNA→DNA逆転写を行うウイルス。プロウイルスとして宿主ゲノムに組み込まれ、長期潜伏感染が可能。オンコジーンを運ぶものも多く、動物腫瘍学のモデル系として活用された。HIV-1 もレトロウイルス科に属し、逆転写酵素阻害薬は主要治療薬である。レトロベクターは遺伝子治療ベクターとして利用されている。

逆転写酵素

RNAを鋳型にDNAを合成するRNA依存性DNAポリメラーゼ。テミンとボルティモアによって1970年に独立に発見された。中央 dogma の一方向性を覆し、分子生物学に大きな衝撃を与えた。cDNAライブラリーの作製やRT-PCR など分子生物学的手法の鍵となる酵素である。HIV治療薬(AZT 等)の標的としても重要。

プロウイルス

ウイルスゲノムが宿主染色体に組み込まれた状態。細胞は見かけ上正常でも、刺激でウイルスが再活性化し感染粒子を産生することがある。ドゥルベッコのSV40研究やテミンのRSV研究で概念が確立。現代のHIV潜伏感染研究やレトロウイルスベクター設計で重要な概念となっている。内在性レトロウイルス(ERV)は進化過程で固定されたプロウイルスの遺骸である。

オンコジーン

細胞をがん化させる遺伝子。腫瘍ウイルスが運ぶv-src などのウイルス型と、正常細胞にもともと存在し突然変異で活性化するc-myc などのプロトオンコジーン由来がある。シグナル伝達経路や転写制御を恒常的に活性化し、細胞増殖を暴走させる。発見は分子腫瘍学、がん遺伝子診断、分子標的薬開発を加速させた。現在までに数百種が同定されている。

細胞変換

正常細胞が形態や増殖能を変え、がん様性質を獲得する過程。軟寒天コロニー形成やフォーカス形成試験で評価される。腫瘍ウイルス研究では変換効率がウイルスの腫瘍原性指標とされた。分子メカニズム解析により、p53 やRb などの腫瘍抑制遺伝子の概念が生まれた。現在の創薬スクリーニングでも重要なセルモデルである。

中央ドグマ反転

従来はDNA→RNA→タンパク質が情報の一方通行と考えられていたが、逆転写酵素の発見によりRNA→DNA という逆方向の流れが存在することが証明された。この反転は進化過程で重要な役割を果たし、レトロトランスポゾンや内在性レトロウイルスの形成につながった。分子生物学の教科書記述を書き換えるほどインパクトが大きかった。RNAワールド仮説やエピジェネティクス研究にも波及効果を与えた。現在ではCRISPR編集にも逆転写活性を応用する試みが行われている。

分子腫瘍学

がんを遺伝子・タンパク質レベルで解析し、診断・治療標的を探る学問分野。腫瘍ウイルス研究を源流に、オンコジーンや腫瘍抑制遺伝子のネットワーク解析が発展した。次世代シーケンサー技術により、がんゲノム異常の網羅的同定が可能になり、個別化医療が進展。免疫チェックポイント阻害剤やCAR-Tなど新規治療も分子腫瘍学の知見に基づく。基礎から臨床までをつなぐトランスレーショナルリサーチの中核領域である。