1901年ノーベル平和賞(2)

受賞理由

列国議会同盟や国際平和会議の創設を主導したこと

受賞者

フレデリック・パシー
フレデリック・パシー

フランスフランス

解説

フレデリック・パシーさんは、世界中の議会の人たちが話し合う『列国議会同盟』をつくりました。国どうしがけんかになる前に、話し合いで解決しようと考えたのです。また、大きな会議を開いて、平和のルールを決めようとしました。みんなで約束を決めれば戦争は減らせると信じていました。この努力がノーベル平和賞につながりました。

関連キーワード

列国議会同盟

1889年創設の国際議員ネットワークで、現在は約180カ国の国会が加盟しています。当初は仲裁裁判の推進と軍縮を主目的に掲げました。年次総会で採択された勧告は各国議会へ送られ、政府に政策変更を促します。第一次世界大戦後は国際連盟とも連携し、選挙監視や人権擁護へ活動領域を拡大しました。今日ではSDGsや気候変動など幅広いテーマで議会間協力を促進しています。

常設仲裁裁判所

1899年のハーグ国際平和会議で設立された政府間機関で、国家間や国家‐企業間の紛争を仲裁により解決します。裁判官リスト方式を採用し、当事国が仲裁人を選任できます。強制力は主権国家の同意に基づくため、柔軟で利用しやすい仕組みとされています。南シナ海仲裁(2016)など現代の重要案件も扱っています。パシーの仲裁推進活動が制度化された代表例です。

議会外交

政府ではなく議員個人・議会組織が主体となり、国境を越えて政策対話や信頼醸成を行う外交手法です。非公式な立場を活かし、敏感なテーマでも柔軟に意見交換できる利点があります。列国議会同盟はその最古の事例で、EU議会やAPEC議員会議など現代にも継承されています。近年はソーシャルメディア活用で迅速なネットワーク形成が進み、公共外交の一翼を担います。民主的正統性を背景に政府間交渉を補完する役割が注目されています。

ハーグ国際平和会議

ロシア皇帝ニコライ2世の提唱で1899年と1907年に開催された多国間会議で、戦争法規と軍備制限が議題となりました。初会議では常設仲裁裁判所が創設され、陸戦法規を定めたハーグ陸戦条約が採択されました。パシーら市民団体のロビー活動が開催を後押ししました。第二会議では海上戦規定や紛争予防手段が追加されました。これらの成果は後の国際連盟や国際連合の礎となりました。

仲裁

当事国が共に選んだ第三者の判断に従って紛争を解決する手続きで、裁判より柔軟かつ非公開性が高いのが特徴です。19世紀後半から国家間紛争の平和的手段として注目されました。パシーは英米仲裁条約などを支持し、普遍的仲裁条約の成立を目指しました。国際仲裁の成功例としてアルバのニューファンドランド漁業紛争(1910)などがあります。現在も投資協定紛争(ISDS)や領土問題解決などで広く用いられています。

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