1929年ノーベル平和賞
受賞理由
ケロッグ・ブリアン協定締結に尽力
受賞者
アメリカ合衆国
解説
1920年代、世界ではまだ第一次世界大戦のきずあとが残っていました。アメリカの政治家フランク・ケロッグは「もう戦争はしない」と国同士が約束できるルールを作ろうと考えました。彼はフランスの外相アリスティッド・ブリアンと協力し、多くの国が戦争をしないと約束する「ケロッグ・ブリアン協定」を結びました。これはクラスのみんなで「けんかをしない」と誓う仲良し宣言のようなものです。その平和への努力が認められ、ケロッグさんはノーベル平和賞を受賞しました。
関連キーワード
ケロッグ・ブリアン協定
1928年に締結された多国間条約で、国家が戦争を外交手段として用いることを正式に放棄した。最初に15か国が署名し、最終的に60か国以上が加盟した。強制力は限定的だったが、侵略戦争を違法化する初の国際合意として歴史的意義を持つ。国際連合憲章やニュルンベルク裁判で法的根拠として参照され、現代の国際法体系の源流とされる。平和運動の象徴としても語られ、今日でも教科書に登場する。
戦争放棄
国家が国際紛争の解決手段として武力行使を放棄するという概念で、ケロッグ・ブリアン協定によって初めて条約化された。後に国連憲章第2条4項で普遍的原則となり、侵略行為の違法性を確立した。日本国憲法第9条も同様の理念を採用し、国内外で議論の対象となる。現代ではサイバー攻撃や無人兵器など新たな武力概念への適用が課題とされている。平和主義と安全保障のバランスを測るキーワードである。
条約
条約は国家間の正式な合意で、国際法の主要な法源の一つ。ケロッグ・ブリアン協定は多国間条約の典型例であり、批准や加入によって効力を拡大した。条約は文言の解釈や留保、終了手続きなど複雑な国際手続きを伴う。履行を確保するために制裁や紛争解決条項が盛り込まれることもあるが、本協定にはそれが欠けていた。条約研究は国際関係論や国際法学で重要な分野を形成している。
アメリカの孤立主義
19世紀後半から1930年代にかけて強かった、欧州の政治・軍事同盟への関与を避ける米国の外交姿勢。上院は国際連盟加盟を否決し、対外条約には慎重だった。ケロッグは孤立主義的世論を背景に、協定文を「道義的宣言」に留めることで批准を実現した。結果として米国は国際法形成に関与しながら軍事的義務を負わない立場を維持した。孤立主義は真珠湾攻撃を経て終焉するが、その理念は現在の一国主義議論にも影響を残す。
国際法
国や国際機関などが従うルールの体系で、条約・慣習・法の一般原則から成る。ケロッグ・ブリアン協定は戦争を禁止する新しい慣習法形成を促し、国際法のjus ad bellumを再構築した。第二次世界大戦後は国連憲章と結びつき、侵略の犯罪化に発展した。現代の国際法は人権や環境など分野を拡大しつつ、強制力の課題を抱える。国際法の遵守は国家の信頼性や外交交渉力にも直結する。
国際連盟
第一次世界大戦後の1919年に設立された世界初の常設国際機構で、平和維持と集団安全保障を掲げた。米国が加盟しなかったため影響力に限界があり、侵略抑止にも失敗した。ケロッグ・ブリアン協定により、連盟外の国々も戦争放棄の法理に参画する機会が拡大した。国際連盟の経験は国際連合の設計に活かされ、組織構造や多数国間外交の基礎となった。今日でも学術的に比較検討される重要事例である。