1931年ノーベル平和賞(2)
受賞理由
不戦条約の締結推進とアメリカ合衆国における平和運動の先導者として
受賞者
アメリカ合衆国
解説
ニコラス・バトラーさんは「戦争をしない」という約束を世界の国々に広めようとしました。友だち同士でけんかをやめる約束をするのと同じように、国と国が争わないようにしようと考えたのです。バトラーさんは大学の校長でもあり、学生たちに平和の大切さを教えました。その結果、多くの国が『不戦条約』にサインしました。みんなで平和を守ろうとした努力がノーベル賞で認められました。
関連キーワード
不戦条約
1928年に署名された多国間条約で、戦争を国家政策の手段として放棄することを規定した。60か国以上が参加し、戦争違法化の初の国際文書となった。第二次世界大戦後の国連憲章第2条4項に影響を与えた。ニュルンベルク裁判では侵略罪の法源として引用された。条約は今日も国際法上存続している。
国際仲裁
国家間紛争を中立的第三者の判断に委ねる手続。ハーグ常設仲裁裁判所(1899年設置)の運用を通じ20世紀初頭に発展した。バトラーは仲裁を戦争防止の実践的手段とみなし、条文に組み込むよう働きかけた。現在は投資仲裁や領域紛争で広く用いられる。国際司法の平和的解決メカニズムの基盤である。
コロンビア大学
米国ニューヨーク市に位置する私立研究大学。バトラーは1902年から45年間総長を務め、学部拡張と国際研究機関設立を推進した。キャンパスを国際会議の場として開放し、学術外交を展開。学生交流や出版活動を通じソフトパワーを形成した。現在も国際関係研究の重要拠点である。
カーネギー国際平和財団
アンドリュー・カーネギーの寄付で1910年に設立されたシンクタンク。国際法整備と平和教育を目的とし、調査報告書や外交会議を支援する。バトラーは理事長として財団を外交ロビーの拠点に活用し、不戦条約交渉を後押しした。今日も多国間秩序や安全保障研究を行う世界的シンクタンクとして活動している。財政的独立性が政策提言の自由度を高めている。
多国間外交
複数の国家が協力し共通の課題を解決する外交形態。第一次世界大戦後、国際連盟や条約会議で急速に発展した。不戦条約は典型例で、締約国が戦争放棄という共通規範を受け入れた。バトラーは各国代表を仲介し条約文案調整を行った。現代の気候変動や核軍縮交渉に通じる手法である。
教育と平和
学校教育や生涯学習を通じて平和的価値を育むという考え方。バトラーは大学が市民的徳性と国際協調精神を培う場であると主張した。彼の講演集『The International Mind』は平和教育の古典とされる。ユネスコ設立理念「戦争は人の心の中に生まれる」はこの思想の延長線上に位置づけられる。今日の平和教育カリキュラムに多大な影響を与えた。