1974年ノーベル平和賞(2)
受賞理由
非核三原則の提唱
受賞者
日本
解説
佐藤栄作さんは、日本が「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という約束を守るように努力した総理大臣です。この約束を非核三原則といいます。世界の人がこわがる核兵器をなくすために、日本は平和の約束をはっきり示しました。そのリーダーシップが認められて、ノーベル平和賞をもらいました。
関連キーワード
非核三原則
日本が1967年に表明した「持たず、作らず、持ち込ませず」という三つの核禁止方針です。法的拘束力はなくとも、国会決議を通じて政策慣行として定着しました。米国の核の傘のもとで非核を主張する独特の戦略と評価されています。冷戦後も国内外で政策見直し論が出ましたが、原子力基本法や世論の支持により維持されています。東アジアの非核化議論の出発点となりました。
核拡散防止条約
1968年に採択され、1970年に発効した国際条約です。核兵器国と非核兵器国の二分構造を採用し、核拡散の防止・軍縮交渉促進・平和利用の権利を柱とします。日本は1968年署名、1976年発効と比較的早期に参加しました。佐藤政権による加盟は米国との同盟維持と非核イメージ強化の両狙いがありました。今日も核不拡散体制の核心的文書とされています。
沖縄返還
1972年、米国統治下にあった沖縄が日本に復帰した出来事です。安全保障条約は継続されたものの、核兵器の撤去と地位協定の適用が焦点となりました。佐藤政権は「本土並み」の非核・自治条件を掲げ、返還交渉を推進しました。後年、核持込に関する密約が明らかになり議論を呼びましたが、公式には非核化が達成されたとされています。日米安全保障体制と非核政策の交差点として研究されています。
拡大抑止
同盟国に対し核兵器を含む報復保証を提供する安全保障戦略です。日本は米国の拡大抑止を受けつつ、自国では核を持たない政策を採用しました。この仕組みは核不拡散体制と矛盾しないと同時に、同盟信頼性に依存する脆弱性も抱えています。非核三原則は拡大抑止と国内非核世論の調整弁として機能しました。東アジアの安全保障ジレンマを理解する上で不可欠な概念です。
日本国憲法第9条
1947年施行の日本国憲法で戦争放棄と戦力不保持を定めた条項です。非核三原則の精神的背景として平和主義を支えました。自衛隊の存在や集団的自衛権行使をめぐる解釈論争が続いています。佐藤政権は第9条と日米安保条約の整合性をとりつつ、非核政策を制度化しました。平和学・国際法の分野で頻繁に引用される研究対象です。