1990年ノーベル平和賞
受賞理由
冷戦の終結を導き、中距離核戦力全廃条約に署名し、ペレストロイカによって東欧とソ連圏の民主化を促した指導的役割
受賞者
ソビエト連邦
解説
ミハイル・ゴルバチョフさんは、大きな国ソビエト連邦のリーダーでした。昔、世界には「冷戦」というこわい緊張があり、アメリカとソ連がおたがいをにらみ合っていました。ゴルバチョフさんは「けんかをやめよう」と言い、危ない核ミサイルを減らす約束をアメリカとしました。さらに「ペレストロイカ」という改革で、人びとが自由に考え話せるようにしました。その結果、ほかの東ヨーロッパの国々も平和に自由を手に入れました。こうした平和への努力がノーベル平和賞につながりました。
関連キーワード
冷戦
第二次世界大戦後から1991年頃まで続いた、主としてアメリカとソビエト連邦の間の政治的・軍事的対立。直接の武力衝突は避けられたが、核兵器の拡散や代理戦争、情報戦が世界各地で展開された。
ペレストロイカ
1980年代後半にゴルバチョフが主導したソ連の『再構築』改革。経済の市場化、政治参加の拡大、行政効率の向上を目的とし、社会主義体制の硬直性を是正しようとした。
グラスノスチ
ロシア語で『公開性』を意味する政策。言論の自由や報道の透明性を高め、政府の情報を国民に開示することで政治的信頼と政策効果の向上を狙った。
中距離核戦力全廃条約
1987年に米ソ間で調印された史上初の核兵器全廃条約。射程500〜5,500kmの地上発射型弾道・巡航ミサイルを廃棄し、厳格な相互査察を導入した。
東欧革命
1989年前後にチェコスロバキア、ポーランド、ハンガリーなどで発生した非暴力的民主化運動。ソ連の不干渉方針が後押しし、社会主義政権が相次いで崩壊した。
核軍縮
核兵器の数や配備を削減・停止し、最終的廃絶を目指す国際的取り組み。INF条約やSTARTがマイルストーンとして位置づけられる。
ベルリンの壁崩壊
1989年11月9日に東ドイツ政府が国境開放を発表し、人びとが壁を破壊した象徴的事件。東西冷戦の終焉を示す歴史的瞬間とされる。
ソビエト連邦崩壊
1991年12月、15の共和国が独立しソ連は正式に消滅。冷戦構造が解体され、国際政治・経済に大きな再編が生じた。
デタント
1960〜70年代に見られた米ソ間の緊張緩和期。戦略兵器制限交渉(SALT)や多国間会議が進んだが、アフガニスタン侵攻で頓挫した。ゴルバチョフ期に第二のデタントが実質的に再開した。
戦略兵器削減条約
長距離核兵器の削減を目的とする米ロ間の条約。1991年調印のSTART Iは運搬手段と弾頭数を大幅に制限し、INF条約に続く核軍縮の枠組みを拡大した。