2001年ノーベル化学賞(2)
受賞理由
不斉触媒による酸化反応の研究
受賞者
アメリカ合衆国
解説
レモンとオレンジの香りは、じつは分子の右手型と左手型の違いで決まります。バリー・シャープレスさんは、分子に酸素をくっつける“酸化”という反応で、欲しい型だけを作り分ける魔法のような方法を見つけました。このときも“触媒”が大活躍し、ほんの少し入れるだけで大量の分子を変身させます。できた分子は心臓の薬や殺虫剤の材料として役立っています。シャープレスさんのおかげで、私たちの暮らしを支える化学品が安全に作られるようになりました。
関連キーワード
シャープレス不斉エポキシ化
アリルアルコールを高選択的にキラルエポキシドへと酸化する反応で、Ti(OiPr)₄と酒石酸エステルが鍵となります。室温で進行し、99%近いeeを達成できるため、合成化学の標準操作となりました。生成したエポキシドは求電子開環により多様な官能基導入が可能で、医薬品や天然物合成の初期段階に多用されます。反応条件が穏やかでスケールアップが容易な点も工業適用を後押ししました。現在でも引用回数が群を抜いて多い“最も成功した不斉酸化法”の一つです。
チタン-酒石酸触媒
Ti(IV)と天然由来の酒石酸エステルから形成されるキラル錯体で、C₂対称性により片面選択的な酸素移動を実現します。金属と有機配位子の協奏効果により、活性酸素種の生成と基質固定化が同時に行われるため高効率です。酒石酸は安価・生分解性で、環境負荷の低い触媒設計の好例として紹介されます。触媒量は1–10 mol%程度と少なく、再利用も検討されています。このアプローチは他の遷移金属系不斉酸化触媒設計のひな形となりました。
アリルアルコール
二重結合の隣に水酸基(OH)があるアルケンで、不斉エポキシ化の主要な基質となります。電子共鳴により酸化されやすく、エポキシ化後も官能基変換が豊富に行えます。シャープレス法では、基質がTi中心にキレートし、遷移状態の剛直性が高いため高eeを実現します。合成中間体や香料原料として大量に利用され、反応性のチューニングもしやすい化学種です。保護基導入や立体障害調整で選択性をさらに高める研究が続いています。
エナンチオ選択的酸化
酸化反応で片方のエナンチオマーを優先的に作り出す手法で、還元反応に比べ歴史的に困難でした。金属錯体とキラル配位子の組み合わせにより、活性酸素種を立体的に方向付けることが鍵となります。シャープレスの一連の反応(SAE, AD, AA)は、この分野に大きなブレークスルーをもたらしました。高選択的酸化は、後段階での保護・分離作業を削減し、プロセスコストと環境負荷を大幅に低減します。現在は有機分子触媒や酵素を用いた手法も登場し、選択肢がさらに広がっています。
β-ブロッカー合成
心臓病治療に用いられるβ-ブロッカーは、キラルエポキシドを開環して得るプロパノール骨格が重要です。SAEによって高純度エポキシドを得られるため、ラセミ分離工程を省略して経済性が向上しました。代表例である(S)-プロプラノロールは、エポキシドとイソプロパノールアミンとの開環反応で合成されます。反応条件が温和なため、副生成物が少なく医薬品グレードの品質管理が容易です。β-ブロッカーは世界的に需要が高く、SAEが医薬産業に与えた影響の大きさを物語ります。