1938年ノーベル物理学賞

受賞理由

中性子放射による新放射性元素の存在証明および関連して熱中性子による原子核反応の発見(Z. f. Phys.: 88 (1934) 161, Nuovo Cim.: 11 (1934) 1)

受賞者

エンリコ・フェルミ
エンリコ・フェルミ

イタリア王国イタリア王国

解説

①原子はとても小さな粒でできています。②フェルミさんは「中性子」というもっと小さな粒を原子に当ててみました。③すると原子が別の種類に変わり、光の代わりに放射線を出すことがわかりました。④ゆっくり動く中性子(熱中性子)は速い中性子よりずっと変わりやすいことも発見しました。⑤このしくみは病院で使う放射性薬や原子力発電の土台になりました。⑥たとえると、粘土にそっと別の粘土を押し当てると混ざりやすいけれど、強くぶつけるとかえって飛び散る、そんなイメージです。

関連キーワード

熱中性子

熱中性子は室温程度(約0.025 eV)の運動エネルギーを持つ中性子で、水やパラフィンなどの水素が豊富な物質と衝突を繰り返すことで減速されて生じます。速度が遅い分、原子核との相対速度が小さくなり、波長が長くなるため、断面積が大きくなるのが特徴です。フェルミはこの性質を利用して、従来の高速中性子では起こりにくい捕獲反応を劇的に増強しました。原子炉では熱中性子の平均自由行程やスペクトル形状を制御することで臨界条件を満たします。現在でも医療用ラジオアイソトープ製造や中性子ラジオグラフィなど、幅広い応用が行われています。

放射性同位体

放射性同位体とは、同じ元素でも中性子数が異なり、時間とともに放射線を放出して別の原子核へ崩壊する不安定核種です。フェルミは中性子照射によって30種類以上の新しい同位体を人工的に合成し、半減期と崩壊系列を測定しました。人工アイソトープは追跡可能な“目印”として体内や材料中の動きを調べるトレーサー技術に発展しました。たとえばヨウ素-131は甲状腺の診断と治療に、コバルト-60はがんの放射線治療に使われます。産業分野でも厚み計や漏えい検査に利用され、安全管理には厳密な線量評価が不可欠です。

中性子捕獲断面積

断面積は“的の大きさ”を表す量で、単位はバーン(1 barn = 10⁻²⁴ cm²)です。値が大きいほど中性子を吸収しやすく、反応が起こりやすいことを意味します。フェルミは速度を落とすと断面積が1/v則に従って増えることを示し、銀では熱中性子で数千バーンに達することを報告しました。原子炉設計では燃料(例えば235U)の核分裂断面積と、毒物(例えば135Xe)の捕獲断面積のバランスが臨界度を左右します。宇宙線生成核種の計算や核廃棄物の焼却技術でも、このパラメータは必須入力となっています。

核分裂

核分裂は重い原子核が2つ以上の軽い核へ割れる現象で、大量のエネルギーと2〜3個の中性子を放出します。フェルミの熱中性子研究が、ハーンとシュトラスマンによるウラン分裂実験の鍵となりました。放出中性子がさらに他の核を分裂させると連鎖反応が起こり、エネルギーを継続的に取り出せます。制御棒や冷却材によって反応を抑えれば原子炉、制御しなければ核兵器に応用されます。核分裂エネルギーは石炭1 gの百万倍以上の発熱量を持ち、エネルギー問題と安全保障を同時に考える必要があります。

連鎖反応

連鎖反応とは、ある反応で生じた生成物が次の同じ反応を引き起こし、それが雪だるま式に続く現象です。核分裂では放出された中性子が次の原子核を分裂させる役目を担います。1世代ごとの平均増倍率をkとすると、k>1で反応は指数的に成長し、k=1で定常、k<1で停止します。フェルミとSzilardはk=1を達成する設計を計算し、世界初の臨界実験Chicago Pile-1を成功させました。化学反応や生態系でも類似の正帰還構造が見られ、制御理論やリスク評価の重要なモデルになっています。

減速材(モデレーター)

減速材は高速中性子と弾性散乱を繰り返し、熱中性子へエネルギーを落とす物質です。水、重水、黒鉛など軽い核を持つ材料が有効で、エネルギー損失1回あたりの平均比率ξと中性子吸収断面積Σₐが選定基準になります。フェルミはパラフィンを使って減速効果を実証し、黒鉛を主減速材とする炉心設計を提案しました。適切なモデレーターはk値を高める一方、過度の吸収は逆効果になるため、純度管理が重要です。現代の軽水炉では一次冷却材が減速材も兼ね、臨界度と熱輸送の両方を担う設計思想につながっています。