1950年ノーベル物理学賞

受賞理由

写真による原子核崩壊過程の研究方法の開発およびその方法による諸中間子の発見

受賞者

セシル・パウエル
セシル・パウエル

イギリスイギリス

解説

写真のフィルムは光を当てると絵が残りますね。パウエルさんは、このフィルムを特別に厚くして、目に見えない小さな粒(素粒子)が通った跡までも写せるようにしました。その跡を顕微鏡で見ると、まるで雪の中に残ったそりの線のように、粒子の道筋が見えます。彼はこの方法で「中間子」という新しい粒を見つけ、原子の中で何が起こるかを調べました。こうして、宇宙や原子力を理解する手がかりが一つふえたのです。

関連キーワード

核エマルション

核エマルションは写真用乳剤を数百マイクロメートルまで厚くした固体検出器で、銀臭化物粒子が高密度に埋め込まれている。荷電粒子が通過するとイオン化で電子が発生し、現像時に銀粒子が還元されて飛跡が固定される。この飛跡は光学顕微鏡で観察でき、位置精度は数ミクロンからサブミクロンに達する。運動量は飛跡長さとBraggピーク、あるいは多重散乱の角度分布から推定できる。今日でもニュートリノ反応の頂点同定や暗黒物質探索などに応用されている。

中間子

中間子はクォークと反クォークの対で構成されるボース粒子で、強い核力を媒介する役割を担う。パウエルの時代にはπやKが最初に観測され、核子間力のレンジを説明する重要な手がかりとなった。質量は電子より重く、核子より軽いため「中間」の名前が付いた。崩壊寿命は10⁻⁸〜10⁻¹⁰秒程度で、多様な崩壊モードを通じてミューオンやニュートリノを生成する。標準模型では8種類以上の軽い中間子が存在し、ハドロン物理学の基礎を成している。

宇宙線

宇宙線は銀河や太陽から到来する高エネルギーの原子核や電子、ガンマ線の総称である。地球大気に衝突するとシャワーと呼ばれる二次粒子のカスケードを生み出し、地表や成層圏で観測できる。20世紀前半には加速器が不足していたため、宇宙線は高エネルギー粒子研究の主な供給源だった。パウエルは核エマルションを高山や気球に搭載して二次粒子を捉え、新粒子発見に利用した。現代でも宇宙線観測は高エネルギー天体物理や気候研究に欠かせない。

写真法

写真法とは感光材料を用いて荷電粒子の飛跡を永久記録する実験技術の総称である。銀塩乳剤に加え、後にはX線フィルムやホログラフィックプレートも利用された。静的保存が可能なため、複雑事象を時間制限なく詳細に分析できる利点がある。一方でデータ読み出しは人力顕微鏡観察に依存し、統計量を稼ぐのに膨大な労力が必要だった。自動測定装置の開発はこの課題を克服し、高速・高密度データ解析の先駆けとなった。

パイ中間子

パイ中間子(π)は最軽量の中間子で、π⁺、π⁰、π⁻の三種類が存在する。質量は約140 MeV/c²で核力の短距離部分を媒介すると考えられている。荷電πは平均寿命2.6×10⁻⁸ sでミューオンとニュートリノに崩壊し、π⁰は寿命10⁻¹⁷ sで2本のガンマ線に崩壊する。パウエルの観測はπとμを区別し、核子間力モデルの検証に決定的だった。現代の加速器実験ではπビームがニュートリノ源やハドロン相互作用研究に利用されている。

ミューオン

ミューオン(μ)は電子の約200倍の質量を持つレプトンで、寿命は2.2×10⁻⁶ sである。宇宙線空気シャワーの主要成分として地表でも検出され、X線のように物質を透過しやすい。パウエルはミューオンが中間子でなくレプトンであることを示し、素粒子分類を整理した。現在ミューオンはg−2実験やミューオン触媒核融合、ミュオグラフィーなど多彩な研究に使われる。標準模型では第二世代荷電レプトンとして、電子やタウと並ぶ基本粒子である。

飛跡解析

飛跡解析は検出器に残った粒子の通過痕を測定して物理量を求める手法である。核エマルションでは座標を数ミクロン精度で取得し、長さ・曲率・角度分布を統計処理して運動量や電荷を推定する。多重散乱法やエネルギー損失−飛程法など複数のアルゴリズムが併用される。パウエルはプレート間の整合を取るため金属格子を埋め込み、三次元再構成を実現した。今日のシリコンピクセル検出器にも通じるデータ補正・誤差伝搬の基礎概念がここで確立された。

原子核崩壊

原子核崩壊は不安定核がより安定な状態に変わる過程で、アルファ崩壊、ベータ崩壊、核分裂など多様なモードがある。崩壊は固有の寿命で起こり、放出される粒子やエネルギーは核種固有の指紋となる。パウエルの写真法は飛跡の起点と終点を同時に捉え、崩壊前後の質量と運動量保存則を直接検証できた。これにより素粒子崩壊にも核崩壊と同様の確率法則が適用できることが示された。現代では放射性同位体診断や年代測定、原子力エネルギー管理に応用されている。