1994年ノーベル物理学賞(2)
受賞理由
凝縮体の研究に用いる中性子散乱技術の開発についての先駆的貢献(中性子回折技術の開発)Phys. Rev.:76(1949) 1256-1257 Phys. Rev.:81(1951) 527-535 Phys. Rev.:83(1951) 333-345 Rev. Mod. Phys.:25(1953)100-107 Phys. Rev.:97(1955) 304-310
受賞者
アメリカ合衆国
解説
結晶は原子がきれいに並んだ積み木のようなものです。シャルさんは電気を持たない中性子を当てて、その並び方を調べる新しいやり方を考えました。これは、壁にボールを投げて跳ね返り方から壁の形を知るのに似ています。中性子は奥まで届くので、壊さずに中身を調べられます。この方法で、磁石や薬にも使われる材料の秘密がわかるようになりました。
関連キーワード
中性子回折
中性子回折は、結晶に入射した中性子がブラッグ散乱を起こす現象を利用して原子・磁気構造を決定する技術である。核と磁気散乱の位相が独立に制御できるため、X線回折では見えない水素や軽元素、磁気モーメントの情報が得られる。シャルは粉末試料でも回折ピークを高精度で測定できる装置を開発し、物質科学を大きく前進させた。現在ではストレス解析や水素吸蔵材料の評価にも必須となっている。中性子線は深部まで届くため、工業製品の非破壊検査にも応用が広がっている。
結晶構造解析
結晶構造解析は回折データから原子の三次元配置を再構成するプロセスである。中性子を使うと軽元素や異方的な熱振動パラメータまで詳細にわかる。フーリエ合成やリートベルト解析が代表的手法で、精度はサブピコメートルに達する。構造情報は物質の物理化学的性質を理解する第一歩となる。新型触媒や電池材料の開発には不可欠である。
磁気構造解析
磁気構造解析では、スピンの方向や周期的順序を決定する。中性子は磁気モーメントと直接相互作用するため、ヘリウム3偏極セルを使った偏極中性子法で高いコントラストが得られる。シャルの技術はヘテロ磁性材料やスピン密度波の研究へと発展した。データは群対称性と磁気空間群理論で解釈される。近年はマルチフェロイクスやスキルミオン格子の解明にも用いられている。
粉末回折
粉末回折は多結晶粉末から得られる回折リングの強度分布を解析する方法で、単結晶が得られない材料に威力を発揮する。中性子粉末回折は吸収や照射損傷を抑えつつ全方位のデータを短時間で取得できる。シャルはコリメーションと検出器配置を工夫し、ピーク分解能を改善した。現在では高分解能粉末回折装置がリートベルト解析と組み合わされ、相同定や相分率算定に使われる。電池の充放電過程をリアルタイムで追跡する「運転中」測定も盛んである。
単結晶回折
単結晶回折では、回折スポットの位置と強度から完全な構造因子を得ることができる。中性子単結晶回折は低シンメトリー構造や水素結合ネットワーク解析に特に有効である。冷中性子を使うことで波長を長くし、低Q領域のデータが高精度で測定できる。シャルの初期実験は多軸ゴニオメータの設計に道を開いた。現在は結晶位置を固定したまま時間分解測定を行うストロボスコピック法も開発されている。
ブラッグの法則
ブラッグの法則は2d sinθ=nλで表され、結晶面間隔dと波長λ、回折角θの関係を示す。これにより未知結晶の格子定数が直接求められる。中性子は長波長側も利用できるため、小さなθで大きなd領域を測定可能だ。磁気散乱の場合は、モーメント配列に対応した追加のブラッグピークが現れる。法則のシンプルさは結晶学の基礎概念として教科書で必ず紹介される。
散乱長
散乱長は中性子と原子核の相互作用の強さを示すパラメータで、核種ごとに特有の値を持つ。X線と異なり周期表の規則的な増減を示さないため、アイソトープコントラスト法に利用される。同位体置換により特定原子だけを見えなくしたり強調したりできる。磁気散乱長はボーア磁子に比例し、スピン配列解析に役立つ。量子化学計算にも散乱長データが入力され、核反応設計に欠かせない。
構造因子
構造因子は結晶中の原子配置と散乱振幅をつなぐ複素数で、回折強度I=|F|²に直接関係する。核と磁気の構造因子が重ね合わせで現れるため、両者を解き分ける解析が必要となる。リートベルト解析は観測パターンと計算パターンの差を最小化してFを決定する手法である。水素や重水素の置換は構造因子の位相情報を変えて、精度向上に寄与する。時間分解実験では、構造因子の時間変化から相転移動力学が追跡される。
低温物性
低温物性とは絶対零度近くで現れる物質の特性で、量子効果が顕著となる。中性子散乱は高磁場やミリケルビン温度下でも測定でき、超伝導・量子スピン液体の研究に不可欠だ。シャルの回折法は希釈冷凍機との組み合わせにより磁気秩序の消失点をマッピングした。低温での格子収縮やゼロ点振動も詳しく解析できる。宇宙背景放射センサーや量子計算素子の材料評価に応用されている。
高圧実験
高圧実験はギガパスカル領域の圧力を加えて物質の構造変化を調べる手法である。中性子はダイヤモンドアンビルセルを透過できるため、内部の回折像を取得できる。シャルの回折装置は高圧セルと併用され、氷や地球深部鉱物の相転移が解明された。圧力誘起超伝導や電子異方性の研究にも応用されている。最近はレーザー加熱と組み合わせて惑星内部条件のシミュレーションが行われている。