1994年ノーベル物理学賞(1)
受賞理由
凝縮体の研究に用いる中性子散乱技術の開発についての先駆的貢献(中性子分光法の開発)Phys. Rev.:111(1958) 747-754 Rev. Mod. Phys.:30(1958)236-249(erratum RMP30(1958)1177) Phys. Rev. Lett.:2(1959) 256-258 Phys. Rev.:119(1960)980-999
受賞者
カナダ
解説
わたしたちが毎日手にする鉄やプラスチックは、たくさんの小さな原子が集まってできています。中性子という電気をもたない小さな粒を当てると、原子たちがどんなふうに並んでいるかを調べることができます。ブロックハウスさんは、この中性子をいろいろなエネルギーに変えてぶつけ、その跳ね返り方を精密に測る方法を作りました。それは、ボールを投げて跳ね返り方から中身を推理する実験に似ています。この技術のおかげで、新しい磁石や電池材料などを安全に調べることができるようになりました。
関連キーワード
中性子
中性子は陽子とほぼ同じ質量を持つが電気的に中性である。原子核内で陽子とともに核力で結びついている。電荷を持たないため、厚い金属板でも数センチ以上透過できる高い透過力を示す。散乱では原子核との強い相互作用と磁気モーメントとの相互作用を示し、構造と磁性の両方の情報を与える。加速器や研究用原子炉で得られる冷中性子は材料研究や医療イメージングにも応用されている。
中性子散乱
中性子散乱とは、物質に入射した中性子が核や磁気モーメントと相互作用して進行方向を変える現象を利用した解析手法である。弾性散乱では原子の平均位置を、非弾性散乱では原子やスピンの運動を調べることができる。X線散乱と異なり、軽元素や磁気情報に感度が高い点が特徴だ。衝突後の角度とエネルギー変化を測定することで、空間と時間の二つのスケールの情報を同時に得られる。これにより、バッテリー内部のリチウム拡散やタンパク質の振動まで幅広く研究されている。
中性子分光法
中性子分光法は、散乱イベントのエネルギー移動を精密に測定して、固体や液体の励起スペクトルを決定する技術である。三軸分光器ではモノクロメータ、試料、アナライザの三つの回転軸によりQとωを独立に設定できる。フォノン・マグノンの分散関係解析、超伝導ギャップの測定などに不可欠だ。パルス中性子源では時間飛行法と組み合わされ、広帯域の測定が可能になった。ブロックハウスの開発が今日の高分解能装置の原型となっている。
凝縮系物質
凝縮系物質とは、固体や液体のように原子が密に詰まった状態の総称である。電子・格子・スピンなど多自由度が相互作用し、多彩な物性を示す。超伝導や磁性体、強誘電体の研究は新材料開発とエネルギー技術と深く結びつく。散乱法はミクロな構造とダイナミクスを直接観測し、理論モデルの検証に不可欠だ。ノーベル物理学賞の多くは凝縮系の発見に関係している。
中性子源
中性子源は実験に必要な強度の中性子ビームを供給する装置である。研究炉では核分裂反応によって連続的に中性子を発生させ、冷却によってエネルギーを調整する。スパレーション源では加速器からの陽子ビームを重金属ターゲットに衝突させ、高強度のパルス中性子を得る。最近はコンパクト線型加速器を使ったテーブルトップ源も研究されている。安全性とビーム品質の両立が技術課題である。
ブラッグ散乱
ブラッグ散乱は、結晶内で入射波が周期的な格子面で反射して強め合う現象である。ブラッグの法則2d sinθ=nλにより、回折角θから格子間隔dを求めることができる。中性子では核位置と磁気モーメントが散乱体となり、X線より豊富な情報が得られる。温度や圧力を変えながら測定すると、相転移に伴う格子歪みやスピン再配列が追跡できる。高エネルギー分解能分光との併用で、静的構造と動的励起の包括的理解が可能になる。
フォノン
フォノンは結晶格子の集団的な振動を量子化した準粒子である。熱伝導や比熱など、多くの熱物性はフォノンの分散関係に支配される。中性子分光は波数ベクトルごとのフォノンエネルギーを直接測定できる唯一の手法である。高温超伝導体ではフォノンが電子対形成にどの程度寄与するかが議論されている。ナノ構造材料ではフォノンの散乱が制御され、熱電変換効率向上につながっている。
マグノン
マグノンは強磁性体や反強磁性体のスピンの波状揺らぎを量子化した励起である。スピン波とも呼ばれ、磁気情報の伝搬素子としてスピントロニクスで注目されている。中性子散乱は磁気散乱長を通じてマグノンのエネルギーと寿命を高精度に測定する。磁気異方性や交換相互作用定数はマグノン分散の形から定量的に導かれる。温度上昇によるスピン波減衰の研究は磁性デバイスの発熱問題にも関わる。
時間飛行法
時間飛行法はパルス中性子源で生成された中性子の飛行時間からエネルギーを決定する測定手法である。検出器までの距離Lを既知とすれば、到着時間tから速度v=L/t、エネルギーE=½mv²が得られる。一度のパルスで広いエネルギー範囲を同時に取得できるため、測定効率が高い。データはイベントモードで収集され、多次元S(Q,ω)マップが短時間で生成可能だ。フェルミチョッパーやディスクチョッパーによるパルス整形で分解能最適化が行われる。
重水炉
重水炉は減速材に重水(D₂O)を用いる研究用原子炉で、熱外・冷中性子を高効率で取り出せる。重水は中性子吸収断面積が小さく、フラックス損失が少ないのが利点である。カナダのNRXやNRU炉はブロックハウスの実験が行われた代表的施設だ。冷却源を組み合わせることでmeV以下の低エネルギー中性子を生成できる。現在も世界各地の材料科学中性子センターの基幹設備となっている。